カラダは究極の資本であり、投資先である。そう断言する堀江貴文氏が、最先端の医療と美容情報を惜しげもなく伝授する本連載の第53回は「人工冬眠と予防医療」。人工冬眠の研究者である筑波大学の櫻井武先生に再登場いただき、救急医療の枠を超えた新たな視点について話を聞いた。現代社会が抱える肥満、うつ病などへの影響とその可能性を探る。

悪性腫瘍の発生や肥満・うつに潜む“炎症”を抑える可能性も。人工冬眠の研究に期待大
堀江貴文(以下堀江) 前回に続き、人工冬眠研究の第一人者である櫻井武先生にお話をうかがいます。研究を進めるなかで、人工冬眠が寿命やアンチエイジングにも効果を及ぼす可能性が見えてきたそうですね。
櫻井 武(以下櫻井) そうですね。まだ研究の最中ではありますが、人工冬眠は医療応用に留まらず、老化をはじめとした健康維持にもよい影響を及ぼすのではないか、ということがわかりつつあります。
堀江 率直にうかがいます。人工冬眠をすると、寿命は延びるのでしょうか?
櫻井 皆さん、そこが気になるようでよく聞かれます(笑)。人工的に冬眠状態へ誘導したマウスは、何もしていないマウスと比べ、長期、つまり2年ほど観察していると、明らかに生存率が高い。つまり、老化の進行がゆるやかになっていることがわかりました。
堀江 その人工冬眠のカギとなるのが「Qニューロン」ですね。改めて教えてください。
櫻井 私たちは睡眠・覚醒システムの研究を行うなかで、脳の視床下部に存在する800個ほどの神経細胞を興奮させると身体が低温・低代謝の状態、いわば冬眠状態になることを発見しました。この細胞群を「Qニューロン」と名づけています。
堀江 Qニューロンを刺激し、冬眠状態にしたマウスは、どれくらい生きるのですか?
櫻井 今、まさにその実験中でして、生後10ヵ月程度のマウスを週に5日ほど光刺激によって冬眠状態(QIH)にさせるというのを1年ほど継続的に行っていますが、すべて生きています。一方で、それをしなかったマウスは、半数ほどが死んでしまっているのです。
堀江 興味深いですね。
櫻井 ここで浮かび上がるのは、双方の腫瘍の発生率です。何もしていないマウスは老齢になると腫瘍の発生を伴っていることが多いのに対し、QIHを行っているマウスは、悪性腫瘍の発生が1匹も確認されていません。
堀江 すごいなぁ。人工冬眠は寿命だけでなく、発がんにも影響している可能性があるということですよね。
櫻井 はい。そして今、注目しているのが“炎症”です。人工冬眠によって、炎症を治める可能性も示唆されています。そのひとつが肥満です。
堀江 詳しく教えてください。
櫻井 さまざまな病気の背景には、慢性的な微小炎症があると言われています。肥満も、脂肪細胞や視床下部の炎症が関与しているんです。そこで太ったマウスにQIHを行うと、脳内の炎症性細胞の働きが低下し、炎症が治まることが確認されました。実際にQIHを行っているマウスは、中年太りしていないんですよ。
堀江 へぇー!
櫻井 社会的なストレスの実験でも同様で、強いストレスを受けたマウスは脳の前頭前皮質などに炎症が起き、うつ状態になります。しかし、QIHを行うと、うつの症状の改善が見られるのです。
堀江 なぜ改善するんですか? どういう仕組みで?
櫻井 おそらく、炎症性変化が治まっているからだと考えられています。体温が下がると、その影響でミクログリアと呼ばれる炎症性の細胞の機能も下がります。その時に神経を保護するような、違う種類の細胞に変わっていることも考えられます。
堀江 じゃあ、炎症が起きている時に人工冬眠をすると、うつもちょっと落ち着く、みたいなことも考えられるわけですか。
櫻井 そうですね。単に冬眠しているだけ、という話ではないのかもしれないです。
堀江 なるほどね。腫瘍ができにくくなるのも、炎症が関わっているのですか?
櫻井 これに関しては、細胞分裂の速度の低下が大きく影響しているのではないかと思っています。
堀江 確かに。がん細胞の細胞分裂は速いですからね。
櫻井 低体温になると細胞分裂の速度が落ちるため、がん細胞の増殖を抑制している可能性はあると考えています。
堀江 冬眠のスイッチになるものは薬剤でやるんでしょうけど、最終的には脳内に埋めこむデバイスを開発して、電気や光の照射でオンオフできるようになるとかもあり得ますか?
櫻井 はい。脳にデバイスのようなものを入れると言うと、「えっ?」と驚かれますが、心臓ペースメーカーはもう一般化していますよね。近い将来、“ブレイン(脳)ペースメーカー”みたいな技術が登場しても不思議ではありません。
堀江 これだけ可能性があるのに、なかなか研究が進まない理由はあるんですか?
櫻井 そもそも冬眠のメカニズムって、解明されていないんです。最近になって、冬眠動物はQニューロンらしきものを身体に備えている、ということがわかったくらいですから。
堀江 それって研究する人が少ないということですか?
櫻井 研究データを取るのがとても難しいのです。ハムスターやリスなどを実験室に持ってきても、なかなか冬眠しないですし、冬眠するための条件もものすごく難しい。あとは、薬の開発に20年単位の時間と莫大な資金が必要になることも理由として挙げられます。
堀江 僕は、健康とか長寿に対して、お金を投資したいと思っているんですよ。この予防医療普及協会やロケットを作っている仕事も関係するんですけど、日本に今一番不足しているのは「アニマルスピリット」だと思っていて。要は、そういう新しくて誰もやったことのない領域にチャレンジして成果を上げたり、経済や社会を前進させていこうというマインドが足りないんですよ。
櫻井 そのとおりだと思います。
堀江 我々はそういうアニマルスピリットを発揮できる集団ではあるので、いろいろお手伝いできればと思っています。
櫻井 ありがとうございます。
堀江 ノーベル賞取ってくださいね(笑)。僕はそういった資金調達やロビー活動は得意なので、頑張りますよ。

櫻井武/Takeshi Sakurai
1964年東京都生まれ。筑波大学医学医療系教授。同大学「国際統合睡眠医科学研究機構」副機構長を務め、1998年に覚醒を制御するペプチド「オレキシン」、2020年に冬眠状態を誘導する新しい神経回路を見極めた。2026年1月に”意識”の役割と”自分”の正体に迫る新書『意識の正体』(小社刊)が発売。
堀江貴文/Takafumi Horie
1972年福岡県生まれ。実業家。ロケットエンジン開発や、会員制オンラインサロン運営など、さまざまな分野で活動する。予防医療普及協会理事。本連載をまとめた書籍『金を使うならカラダに使え。』のほか、『日本医療再生計画』など著書多数。

