ストリートの域を超え、メゾンにまで刺激を与え続ける人気ブランド「ノア(NOAH)」。創業者夫妻が語る、ブランドとして目指すべき未来と商業化著しいファッション業界の行く末とは…。
ノアを通して見据えるファッションの在り方
沢山買うよりも、数少ない良い物を末長く着てほしい。営利企業の代表者の口からは、なかなか出せない言葉である。ましてや創業者のブレンドン氏は、事業に失敗した経験がある。いや、だからこそ綺麗事に聞こえることなく、カスタマーにも真っ直ぐ届いているに違いない。
「製品のクオリティを上げるための施策として、心掛けているのが可能な限りの“本物”をつくるということです。たとえばシェットランドセーターをつくるなら、ちゃんとシェットランド諸島の羊毛を使って現地で編む。ジーンズをつくるなら、現在はアメリカではなく日本のデニムを使ったほうが、私たちの思い描く本物の品質となるはずです。
いまは市場に“本物らしい”ものが溢れていますが、それらは着たいという欲求をいっとき満たしてくれるだけで、次のシーズンには陳腐に見えてしまうものがほとんどでしょう。本物のクオリティを備えた製品を提供するからこそ、末長く着てもらえると思うのです」
ノアの製品はクオリティが高いだけでない。ブレンドン氏のホームタウンであるニューヨークのブランドらしく、アメリカ東海岸を発祥とするアイヴィやプレッピーをベースとするアイテムは、スケートボードやサーフィン、ロックなどのスパイスが絶妙に効いており、ベーシックで着やすいデザインばかり。ゆえに飽きがきにくく、流行に流されてしまうこともない。
だからこそ、若い頃にアメリカンカジュアルやストリートファッションを経験し、本物の品質を見定める審美眼も備えた大人世代からも熱い支持を得ているのだ。では、そんなノアを率いるブレンドン氏とエステル氏は、“本物らしい”ものが溢れ、ストリートファッションがハイファッションとしてランウェイを席巻する現在の状況をどう捉えているのだろうか。
ストリートという名の商業用語
「ストリートファッションがハイファッションに採り入れられるのは、いまに始まったことではありません。これまでも互いに影響を与え合い、刺激し合ってきました。そういった動向は、両者にとって良いことだと思います」(エステル氏)
“ストリートのラグジュアリー化”をこのように捉えるエステル氏。確かにストリートファッションの象徴的アイテムともいえるジーンズは、1970年代からハイファッションに採り入れられ、労働着だったジーンズの世界的ファッション化に貢献した。そういった観点から見ると、現在の状況は互いの発展を促すプラスの面もあるだろう。一方でブレンドン氏は別の視点から現在のストリートファッションを分析する。
「そもそもストリートファッションとは、“ビジネスターム(商業用語)”にすぎないと私は思っています。つまり、どのブランドも元来はストリートファッションをつくろうと思ってつくられたわけではなく、ファッションのひとつの傾向やトレンドとして、あとから名付けられた括りであり、区分けにすぎない。
元はすべてがサブカルチャーであり、ストリートファッションとしてカテゴライズされただけなのです。現在はそんなビジネスタームで括られたスタイルがトレンドとなり、商業的にハイファッションとして取り上げられている。そうした流れに乗り、クリエイティブなストリートブランドがコマーシャルなハイブランドとなるケースも見受けられてきています」
今日までストリートファッションの最前線で活躍してきた、ブレンドン氏だからこその説得力ある分析だ。トレンドや商業性とは距離を置き、独自の道を歩んできたノア。ストリートファッションにトレンドという追い風が吹いている現在。
それに乗り、ラグジュアリー化やコマーシャル化すれば、収益は間違いなく上がるだろう。そして、そんな現代の状況を見抜いているブレンドン氏ならば、どちらも容易いに違いない。果たして同氏は未来のノアをどのように舵取りしていくのだろうか。
自分らしく楽しむファッション
「当然ビジネスである以上は変化も必要であり、新しいチャレンジをしていかなければならないこともあるでしょう。ですが、ノアをコマーシャルなブランドにすることは今後もなく、クリエイションを優先し、社会的責任を果たすことを目的としたブランドであり続けたいと思っています。
たとえば、ノアではプラスチックを用いたアクセサリーや、ポリエステル製のフリースウェアをつくることはこれまでなかったし、これからもありません。なぜなら環境に負荷をかける、サステナビリティとは相容れない製品だからです。つくれば間違いなく売れると思いますが、私たちの社会的責任としてつくらないのです」
商業主義が正義としてまかり通り、経済的格差がグロテスクなまでに拡大。資本主義の成れの果てとまで形容される現在。ブレンドン氏とエステル氏が掲げるノアの信念は、ファッションブランドの新しい在り方を示しているだけでなく、疲弊した現代社会を再生させる処方箋となるに違いない。
「現在のファッション業界は、巨大企業がトレンドを決めるパワーや影響力を持ちすぎているように感じます。ひとつのトレンドが生まれると、世界中の人々が一色に染まってしまう。巨大企業が仕掛ける強力なトレンドによって、人々が“洗脳”されているように感じるのです。それはあまりにもファッションがコマーシャライズされてしまったといえるでしょう。
個人的には、そんなトレンドが中心ではなく、もっと個人の判断でファッションを楽しめる業界になってほしいと思っています。一人ひとりの個性や意志、気分をスタイルに反映できるような選択肢をブランドが用意するようになってほしい。ノアとしても、そういったトレンドにとらわれないラインナップを意識していきたいと思いますね」
こうしたブレンドン氏の展望を聞くにつけ、ノアが行き過ぎた商業主義と闘う孤高のブランドのように見えてくる。だがその服は、ブレンドン氏が愛するサブカルチャーと同じポジティブなエネルギーと楽しさに満ちており、排他性や悲壮感などは微塵も感じない。それはブレンドン氏とエステル氏へ最後に投げかけた、「あなたにとって仕事とは?」という質問の答えにも表れているのである。
「私にとって仕事とは、喜び以外の何物でもありません。ノアのビジネスは、私にとって完全に生活の一部であり、人生の一部になっている。だからこそ、それは喜びとしてこなしていきたいのです」(エステル氏)
「質問の答えになっていないかもしれませんが、私にとっては嫌だなと感じたら、それが仕事ということです。いまノアでしていることは心から楽しんでおり、仕事とはまったく思えないのです。いつか嫌になったら、初めて仕事と感じるのかもしれませんね」
問い合わせ
ノアクラブハウス TEL:03-5413-5030