ルールがあり、理論があるからこそ、時代の変遷に揺るがされることなく、スーツは100年以上も着られ続いている。しかし、そこには着る人、着せる人、つくる人の独自の理念がある。麻布テーラー ディレクターの上月剛氏に聞く、スーツとは――。【特集 テーラード2023】
型があることを重んじて、型破りな紳士服を追求したい
「スーツ市場全体で見れば、以前と比べて確かに規模は縮小しています。しかし、そんななかにあっても麻布テーラーは多くのお客様から支持をいただいています。販売数だけでなくリピーター率が半数以上を占める状況からも、そう断言できます。理由はいくつかありますが、最大の要因はやはり基本の型を重んじているからこそ安心と信頼をいただいているのでしょうか。
今、クラシックなテーラリングの世界だけでなく、モードなどの世界においても原点を見つめ直そうという流れになっています。スーツにおいて、その原点はやはりイギリス。スーツとは本来どういうものであったのかを知ることは、既存のテーラーの姿を継承するだけでなく、新しい未来につながると思っています。
昨今は、いわば何でもありな状態。ビジネススタイルがこれだけカジュアル化したのを見れば、もはやスーツの概念がガラリと変わったと見る向きもあるでしょう。それはそれで構わないと思っています。
麻布テーラーでも、織地ではなく編地を使ったコンフォートなスーツを展開していますし、アンコンストラクションで柔らかさを重視したスーツもあります。しかし、そんな時代に合わせた変化も基本の型があればこそ成り立つもの。まず基本となる型を知らなければ、変化も進化もあり得ません。
そもそもスーツにおける基本の型とはなんでしょう。それは、とどのつまり着る人をどうやって精悍(せいかん)に見せるか、どうやって上品に見せるか、また相手に対して失礼がないかを突き詰めた結果なんです。それを知らずしていきなり遊びを求めてしまったら、着る人の魅力を損ねてしまいかねません。
スーツが現在に至るまで長きにわたって男性の装いのベースとされてきたのは、その型がしっかりと確立され、継承されているからなんですよ。だからこの先も、スーツはなくならないと思います。
もちろん、この先何が起こるかわかりません。オンラインの発展など凄まじいですから。デジタル技術を使って自宅での採寸・オーダーを可能にするサービスも多くあります。
しかし、スーツのオーダーは単なる注文ではなく、面と向かっての会話からお客様のスタイルや趣向性を紐解き、また隅々まで凝った内装のお店で非日常な時間を楽しんでいただくことも目的。これもある意味、型ですね。それらを鑑みた結果、対面接客で生まれるドラマを大事に守っています。
日本はこれまで多くの文化を取り入れ、独自の目線で解釈してきました。いわゆるミックス能力やサンプリング能力に長(た)けていると思います。それも、基本の型を理解してこそできたこと、日本人ならではの研究熱心さがあればこそだと思います。
今、スーツだけでなく世の中のさまざまなことが、これまで培った垣根を取っ払おうとしています。ドラスティックに変わる必要がある事柄もあるでしょうが、スーツにおいては型を守りつつ変化を受け入れるバランス感が大切だと思っています。そう考えると、今後のスーツ市場は日本人の手によって牽引されていくことも考えられますね。
麻布テーラーとしても世界の確たる生地ブランドとの別注生地など新たな仕かけを用意しています。僕個人としては、より紳士のスーツを追求したいと思っています。どんなに暑くてもやっぱりスーツみたいな(笑)。
何もかも実用性に走ってしまうと、楽しくないんですよね。普段スーツを着ない方でも、結婚式などでビシッとスーツを着ると背筋が伸びるじゃないですか。そういう高揚する気持ちを、これからも大切にしていきたいと思っています」
この記事はGOETHE2023年11月号「総力特集:型にはまらない紳士服」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら