韓国の若者の間で人気爆発中の日本人ホストがいる。日本語交じりで話す韓国語や独特なファッションが「クセになる」と話題を呼んでいる“タナカさん”という人物だ。この動向はビジネスパーソンとしてもキャッチアップしておきたい。連載「ビジネスパーソンのための韓タメ最前線」とは……
元カリスマホスト・ローランドも夢中!?
韓国の若者の間で今、日本人ホストのタナカさんが大人気だ。
「日本の有名なホストバーでホストをしていたけど、韓国が好きすぎて韓国に来た」と自分を紹介する彼は、ひと昔前の日本のホストのようなファッションで、日本語交じりのたどたどしい韓国語を話す28歳の男である。
タナカさんの存在は、国境を越えて日本にもジワジワと広まっているようだ。
すでに日本のバラエティ番組にも出演しており、元カリスマホストで現在は実業家のローランドが「最近無性にタナカさんにハマっています(笑)スカウトしたい。」とタナカさんの決めポーズを真似した写真をインスタグラムに投稿していた。
ここまでの紹介で「へえ、韓国で日本人ホストが人気なんだ」と真に受けた方もいるだろうが、実はタナカさんは、正真正銘の韓国人である。
その正体は韓国のお笑い芸人キム・ギョンウク(39)。彼が日本人ホストのタナカという架空のキャラクターを演じているのだ。バブリーネタでおなじみのお笑い芸人・平野ノラの男版が、韓国でブレイクしたと言えばわかりやすいかもしれない。基本は韓国語だが、ときおり日本語を混ぜて視聴者の笑いを取っている芸風は、ルー大柴のルー語も彷彿させる。
徹底したキャラ設定。ブレイクのきっかけはモッパン
レギュラー番組の廃止で活動の場を失っていたキム・ギョンウクが、日本人ホスト・タナカさんとして活動し始めたのは2018年。
キャラクターはかなり作り込まれている。フルネームは田中雪男(たなかゆきお)。韓国版Wikipedia、ナムウィキにも「田中雪男」という架空人物として載っており、その内容を見ると意外としっかりしていて面白い。
例えば、「家業を受け継いでホストをしていたところ、ロックミュージシャンの夢を叶えるために渡韓し、悪徳芸能事務所との契約で借金を背負い……」というデビューまでの苦労話や、会話していると胃もたれが解消されるという父親の名前は「田中キャベジン」、AV俳優のため縁を切ったという兄弟の名前は「田中テンガ」など、クスッと笑える細かい設定まで徹底しているのだ。
そんなタナカさんが若者の注目を浴びたきっかけは、2022年の夏頃からYouTubeで配信したモッパン(食レポなどのグルメ動画)だった。
モッパンは韓国の人気定番コンテンツで、ネット上には毎日数えきれないほどのモッパン動画がアップされる。
通常は大食いを披露する場合が多いが、タナカさんはひと捻りを加えて“韓国の食べ物に初めて触れる日本人ホスト”というコンセプトを徹底した。
動画はいつも夜の歌舞伎町の風景からスタート。タナカさんはホストクラブの店内(のような場所)で挨拶をし、韓国から取り寄せた(と主張する)食べ物を紹介する。
汁なしのビビン麺を普通のラーメンのように作って食べては「不味い」と言ったり、味がクセになるということから通称「麻薬キンパプ」と呼ばれる韓国風キンパプ(海苔巻き)を、本当に麻薬が入った危険な食べ物だと紹介したり。韓国人から見れば奇行でしかないタナカさんのモッパンは、結果的に若者たちに大ウケだった。
ライブチケットは販売開始5秒で売り切れ
芸人キム・ギョンウクが約4年間あたためてきたタナカさんネタ。その人気ぶりは実にすごい。
前出のローランドのように彼のファンを公言するスターも多く、ガールズグループのKARA、LE SSERAFIMのカズハ、俳優チャン・グンソク、歌手のジェジュン、BIGBANGのSOL(TAEYANG)といった日本でも知られる韓流スターたちがタナカさんと共演している。
人気に支えられて2022年11月には『wasurenai(忘れない)』という楽曲もリリースし、念願叶ってロック歌手デビュー。
2023年1月から「1st 来韓コンサート 花よりTANAKA」と題した韓国ツアーを行っているが、チケットは販売開始5秒で売り切れになった。
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの人気っぷりのタナカさんだが、一部では批判の声も上がっている。
「日本人を笑いものにしている」「もし彼と同じように日本人が韓国人の真似をすれば、いい気分になるわけない」という理由からだ。
しかし、タナカさんのキャラクター設定のベースになっているのは「日本での韓流ブームにあやかった日本人ホスト」というコンセプトだ。
だからこそ彼は、日本人ホストとしての「親日」と、憧れの韓国に対する「クッポン(愛国+ヒロポンの造語で、過剰で盲目的な愛国主義を皮肉った韓国のスラング。ヒロポン中毒のように陶酔的に韓国を自慢したり、韓国人が愛国主義により優越感に浸ること)」の2つの立場を自由自在に行き来する。
「おいしくな~れ、萌え萌えキュン」などの日本語を流行させたり、朝鮮の水軍と豊臣軍の戦いを描いた映画『ハンサン ―龍の出現―』のことを「ホラー映画」と表現したりするタナカさんに対し、多くの若者たちが共感するのは彼の政治的なスタンスに対してではない。
若者たちの心を動かしたのは、ひと昔前の日本文化を韓国のエンタメ市場に取り入れた度胸や、粘り強くタナカさんを演じ続けているキム・ギョンウクの根性などではないだろうか。
最近、アニメ映画『THE FIRST SLAM DUNK』や『すずめの戸締まり』が大ヒットし、J-POPが若者の間でジワジワと人気を集めている韓国の雰囲気を追い風に、“日本人ホスト”タナカさんの人気もますます伸びそうだ。そこにはビジネスパーソンも注目すべき、新たなビジネスの可能性が潜んでいるかもしれない。
著者・李ハナ
韓国・釜山(プサン)で生まれ育ち、独学で日本語を勉強し現在に至る。『スポーツソウル日本版』の芸能班デスクなどを務め、2015年から日本語原稿で韓国エンタメの最新トレンドと底力を多数紹介。著書に『韓国ドラマで楽しくおぼえる! 役立つ韓国語読本』(共著作・双葉社)。
■連載「ビジネスパーソンのための韓タメ最前線」とは……
ドラマ『愛の不時着』、映画『パラサイト』、音楽ではBTSの世界的活躍など、韓国エンタメの評価は高い。かつて「韓流」といえば女性層への影響力が強い印象だったが、今やビジネスパーソンもこの動向を見逃してはならない。本連載「ビジネスパーソンのための韓タメ最前線」では、仕事でもプライベートでも使える韓国エンタメ情報を紹介する。