連載「滝藤賢一の映画独り語り座」。今回は『ビンセントが教えてくれたこと』を取り上げる。
ビル・マーレイはまさしく演技の教科書だ!
夏、海や山を目指して張り切る方も多いかと思います。僕の夏休みの目下の課題は“昆虫採集”ですが、それには実は深いワケがありまして、また時期が来ましたら詳しくご紹介できるかと思います。
さて、僕は子供の頃、今回の主人公を演じたビル・マーレイを『ゴーストバスターズ』の人として認識していました。その影響からなのか、僕と世代の近いウェス・アンダーソンやソフィア・コッポラといった、アメリカのいわゆるセンスのいい監督たちに引っ張りだこの俳優です。本作のセオドア・メルフィ監督もこの長編デビュー作にどうしても彼に出てほしくて、飛行場で待ち伏せして出演交渉したらしいです。
人気の理由は、ファーストシーンでわかります。変な方向を見ながらクソつまらないジョークを言うんですけど、あまりに寒くて周囲が凍りつく、その光景が面白い。何をしでかすかわからないひねくれ者なのに、なぜか憎めない。コメディー出身だからか笑いの表現の仕方が絶妙。映画自体もリズムがすごくいい。
すごくデリケートなシーンも、逆に皮肉たっぷりに演じ、ユーモアのセンスを爆発させる。悲しい時には笑い飛ばす。本当に、ビル・マーレイは演技の教科書ですよ。マーレイが演じるヴィンセントについて詳しく説明されないのもいいんです。どうも金欠らしい。だから、隣人の子供のシッターを引き受ける。で、洗濯物の回収をする人なのか?と思ったら、訪ねた先の老人ホームでは白衣を着て、診察している。ダメ男だけど愛情深い人だとわかった頃には彼のことが大好きになっています。シリアスな問題を多く抱えた作品なのに、笑いに満ちているので逆に泣けてしまうんですよ。
そして、ロシア系移民の妊婦役で登場するナオミ・ワッツが、もう最高!! 実はエンドロールまで彼女だと気づかず……。最後に驚いてしまいました。化粧っ気もなく、いつもよりちょっと抑え目だったからでしょうか。今まで彼女は数々の賞を受賞していますが、この作品で賞が取れなかったのは不思議でしょうがないですね。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!