ART

2025.02.25

世界と闘う現代美術家・松山智一「NYでやってきた20年間は壮絶だった」。東京初の大規模個展に込める想いを聞いた

ニューヨークを拠点に活動する現代アーティスト松山智一。2025年3月8日から麻布台ヒルズ ギャラリーで開催される個展「松山智一展 FIRST LAST」の準備のため帰国した彼と話す機会を得た。2023年〜24年、弘前れんが倉庫美術館で「松山智一展:雪月花のとき」を開催した際にインタビューして以来だが、彼はその間、上海で展覧会をし、ヴェネツィアでビエンナーレの会期中に最大規模の個展をし、さらにパリのフォンダシオン ルイ・ヴィトンでのグループショーに参加していた。

松山智一《Passage Immortalitas》 2024 H267 x W470 cm Acrylic and mixed media on canvas
松山智一《Passage Immortalitas》 2024 H267 x W470 cm Acrylic and mixed media on canvas

親に叩き込まれたキリスト教的考え方が道標に

──展覧会のタイトルは「FIRST LAST」ですね。

自分の父が牧師で、小さいころは毎週教会に行ってました。「FIRST LAST」はイエス・キリストが自分の弟子マタイに伝えた言葉の一フレーズです。『マタイの福音書』の20章16節に出てくるんですが、宗教的な意味を離れても自分の歩みと重なると感じました。

端的に言えば、宗教に対しての投資利益率がないという話なんです。イエス・キリストが自分の死を予期しているときに、自分の12人の弟子、使徒たちが「私たちはすべて身財を投げ打って、あなたイエスについてきました。我々は報われるのでしょうか」と聞く。それに対して、イエス・キリストはある葡萄農園主の話をします。葡萄農園主は人に仕事を与える立場です。農園主が市場に行くと仕事がない人たちがいっぱいいて、今日のご飯が食べられるかもわからない。で、早朝に「今日一日これだけの日雇い金額で農園を手伝ってくれと」言うと、何人かは「ありがとうございます。これで生活ができます」とやってきて、あくせく炎天下の中、仕事をするんです。

農園主は午後12時にも3時にも市場に行ってまた何人か連れて戻る。そして、みんな同じく夕方に仕事が終わるんですね。ところが、誰もが日当は同じなんです。資本主義の考え方で言うと、朝9時から働いた人からしたら3時から働いた人と同じでは不平等だろうと。しかし、ここがキリスト教的な考え方ですが、何言ってるんだ、午後まで仕事にありつけなかった人は、それだけ「食べれないかもしれない」という苦悩の中で生きてきたんだ。最初に仕事にありつけた人というのは、「仕事がある」という幸せに満たされていた。だから遅く来た人たちは苦悩が多く、むしろ報われるべきで、だから同じ給料が払われるべきなんだという教えです。

イエス・キリストが弟子に説いたのは、君たちは身財を投げ打ち、いずれ素晴らしい預言者になって後世に残るだろう。でも、あなたたちより先に評価される人たちが出てくることもあるだろう。長く貢献したからといって、必ず先に評価を得られるものではない。死ぬ1分前にキリスト教の信者になろうが、その弟子たちのように若いときからなろうが、遅く来た人たちの人生はそこまでずっと苦悩があったわけだから、彼らも同様に、そして最初に癒やされるべきだという教えなんですね。

松山智一
松山智一 /Matsuyama Tomokazu
1976年岐阜県生まれ。米ブルックリン在住。絵画を中心に、彫刻やインス タレーションを発表。アジアとヨーロッパ、古代と現代、具象と抽象といった両極の要素を有機的に結びつけて再構築し、異文化間での自身の経験や情報化の中で移ろう現代社会の姿を反映した作品を制作。近年の主な展覧会に「Mythologiques」(ヴェネツィア/2024 年)、「松山智一展:雪月 花のとき」(弘前れんが倉庫美術館/2023 年)など。
松山智一 Photo:Lisa Kato

──トルストイの『光あるうちに光の中を歩め』を思い出しました。

そう、これがキリスト教の教えなんですよ。「FIRST LAST」って、あとで来たものが優先されるべきだと。

僕がニューヨークでやってきたこの20何年間、本当に壮絶でした。生活があって美術、とはいかない。ニューヨークで移民が美術家として生きていくとなると、美術家としての追求の先にはじめて生活があるんです。この苦悩の20何年間を、何か見返りを求めてやっていたらここまで来れなかった。だから、もう情熱だけで、自分の使命としてやるという気持ちでした。向こう見ずな感じかもしれませんが、とにかく自分で自分を信じるしかなかった。周辺の情報に惑わされずに“追求すること”が幸せなことなんだと自分に言い聞かせてやってこないと、自分が本来向かうべき道標を見失うと思ったんです。

もしかしたらこれは、小さい頃から身近にあったキリスト教的考え方が、芸術家としての自分の歩みになってたのかなって思いました。

──資本主義的原理だと「FIRST COME, FIRST SERVED」(先着順)だし、たくさん働いた人が優先。アメリカでアーティストとして闘うとなると、松山さんより前の世代のアーティストだと、日本からいろいろなエキゾチシズムを持ち込みました。マンガやアニメだったりも含めて。でも松山さんはアメリカの中にいて、闘っている。自らを「移民」という日本人アーティストはいなかったんじゃないでしょうか。イサムノグチさんもオノヨーコさんも杉本博司さんも村上隆さんも言わない。河原温さんもたぶん。

僕のように移民でアメリカに行って、結局、日本の文化というコミュニティがその国の歴史の中にないとなると、何を象徴するか、代表するかっていうことを自分で見つけないといけないんです。そこは、黒人の人たちと違います。

それを見つけることではじめて、自分がここにいるんだという承認欲求じゃなくて、存命欲求が満たされるようになるんです。僕はここにいていいんだって思えるんです。

それがないと、結局、アメリカで発表していても「じゃあ、あなたのメッセージは私たちの社会にとってどういう意味があるの?」という捉えられ方をする。美術には非言語の社会的機能の役割があるので。そうしたときに、これまでに意識してこなかった自分の根幹にあったキリスト教の教えをふまえ自らの視点を伝えることで、今のアメリカでの自分の立ち位置がはっきり見えてきた。そのことに、これまで自分自身も気づかなかったんだなと思いました。さらに今後、自分のアイデンティティのコアになってきそうだなとも思えます。

松山智一《We Met Thru Match.com》 2016 H254 x W610cm  Acrylic and mixed media on canvas
松山智一《We Met Thru Match.com》 2016 H254 x W610cm  Acrylic and mixed media on canvas

《We Met Thru Match.com》という作品は、狩野派や土佐派によって描かれた屏風の絵を、解体して再構築していくサンプリングという手法を用いて新しい解釈を提示しています。もう一方、独学ながら、パリの画壇で活躍したアンリ・ルソーの絵のような自由闊達で開放的なランドスケープに描きなおしています。その中で右には男性が立ち、左には女性が座って文通してるんです。その“コンタクトを取る”っていうのが、ある種自分の東西の壁だったり、文化の十字路的につなぐっていう、自分をメタフォリカルにセルフポートレート的にした作品だったんです。アメリカにいる自分を描いた10年くらい前の代表作です。

じゃあ、今のアメリカがどうなってるんだっていう意味では、ダイバーシティだったりマイノリティズムの中で、昨今、弱者の正義こそが正当とされがちですが、一方で“多様性”に困惑し疲労している側面もある。そこに今の共感をみつけることが「FIRST LAST」の展覧会になります。

──ポスターやチラシのメインヴィジュアルに使われているのは、受胎告知の絵を引用した《Passage Immortalitas》 ですね。

受胎告知というのは、神のことばを伝える天使ガブリエルがマリアのところに来て、“あなた身籠ります”という話じゃないですか。でもこれ、今のアメリカの多様性社会の見方をすると、ヨゼフの立場はどうなっちゃうの?っていう話になるんですよね。昔は女性が自分の配偶者以外の男性と関係して身籠ると、石打ちの刑だったんです。神の代理人が突然やってきて、今の社会の見方で言えば人権を奪い、あなたは身籠るって言ったら、これアメリカ的な観点からするとハラスメント行為であり、ヨゼフ、つまり男性がマイノリティになってしまう。

松山智一 展覧会ティザーチラシ
松山智一展 FIRST LAST
会期:2025年3月8日(土)~5月11日(日)
会場:麻布台ヒルズ ギャラリー(麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階)
開館時間:月〜木・日曜 10:00~18:00(最終入館17:30) 金・土曜・祝前日 10:00~19:00(最終入館18:30)
休館日:無休

そういうリアリティに、みんなが疲弊する。結局なんでもハラスメントになる。何をもってのマイノリティだ、何をもってのヒューマニティなんだろうと、迷走してしまうんです。

アメリカはアメリカで多くの問題を抱えていて。特にベトナム戦争以降は個人が最小単位で個人の主義主張をする、それを受け入れる社会が形成されていくという、この数十年間起こってきた
アメリカの世俗化の原理が、結局もともとアメリカをつくった原理とかけ離れてしまった。今のアメリカの迷走を我々はどう見るべきかっていうことをいろんな描写方法で描いたものです。
生活の根幹である食においても過度な合理化がすすみアメリカを象徴する記号として、1ドルピザをおいたりとかね。

──松山さんの経歴がとてもユニークです。岐阜県で生まれ、牧師だった親の留学に伴って、少年時代に渡米。帰国し、上智大学を卒業して、ニューヨーク私立美術大学院プラット・インスティテュートのコミュニケーションズ・デザイン科を首席で卒業。スノーボードの選手としても嘱望され、さらに裏原宿系のデザイナーとしても活躍。

僕の世代、90年代の世代って、ファッションでも音楽でもクロスカルチュラルな、ボーダーレスな世代なんです。それとDIYの精神が非常に強い。ヴァージル・アブローにしてもキム・ジョーンズにしても、いまの原宿のデザイナーにしても、影響源に素直に従い、創造におけるそれまでの価値観やルールにとらわれず表現言語を確立した世代であり、サンプリングという手法は大きな意味合いがありました。

僕も25歳でアメリカに行きましたが、独学でアートをはじめることとか、描けないんだったら描けないなりのやり方があると思っていました。

そもそも美術って、前時代の巨匠を描き直しますよね。日本でも宗達の描いた風神雷神を、光琳、抱一が描き直しています。ピカソがベラスケスを描き直したり、すでにあるものをさまざまなチューニングで使って、ひとつの新しい表現方法としては成立させることができたんですね。

僕がニューヨークで暮らし始めた当時、クリエイターの表現領域も横断的で、あの時代のニューヨークでアーティストを志したことが今の自分の表現に大きく影響を与えていると思います。

──展覧会「松山智一展 FIRST LAST」のレポートや他のクリエーターをトリビュートした展開を次回にお届けしたいと思います。今日はありがとうございました。

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

TEXT=鈴木芳雄

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