ART

2024.12.31

気鋭アートコレクターの自宅訪問。日本アート界に対して思うことを聞いた

「WHAT MUSEUM」(東京品川・天王洲)でT2 Collection「Collecting? Connecting?」展でコレクションを披露している高橋隆史さん。ブレインパッドの共同創業者であり、ビッグデータ・AI領域で活躍する一方で、アートコレクターとして日本のアートシーンでその存在感を高めてきた。インタビューの後編は自宅に飾っている作品を巡りながら。

アートコレクター高橋隆史さん
「鬼頭さんはフラフープで三次元の空間を埋めるインスタレーションとか、すごいセンスが良くて。ペインティング作品は、その空間イメージを平面に展開しているように感じたので、『だったら絵にフラフープを刺しちゃえばいいじゃん』なんて話をしていたら、次の個展にいった時にこんな作品が出来上がっていた」とアートコレクターの高橋隆史さん。自宅のギャラリーにて。
鬼頭健吾《big rip》2021年

名和晃平、松山智一etc. プライベートミュージアム級の自邸

東京から1時間ほどの場所に広い敷地を持つ邸宅。それがアートコレクター高橋隆史さんのご自宅だった。

「ここが完成し転居してから丸2年と半年が経ちました。子供の教育の関係で移住を決めて、土地を購入したのが2019年。アートを購入するようになった時期でもあり、アートを展示することを前提に家の設計・建設を進めることができました。

直後にコロナが来て、リモートワークが可能になったことで周辺の地価はかなり上がってしまったので、アートを飾る余裕のあるスペースの確保という意味では、ギリギリのタイミングだった訳で、幸運でした」

アートコレクター高橋隆史さんのご自宅
高橋邸のリビング。
Benjamin Butler《Blue Tree (Two-Tone)》 2019年

――展覧会の話になりますけど、今回、自分のコレクションをあらためて振り返ってみて気づいたこと、感じたことはありますか?

「都度、おもしろいと感じたものを買っているだけなんです。自分のなかには、作品同士をつなげる意図はあまりなくて。一点一点、出合いに応じて買っていったというのが嘘偽らざるところです。ただ今回、いろんな人に観てもらって、コンセプトがはっきりした作品が多いですね、などのフィードバックをもらったことで、自分自身のコレクションにある種の一貫性があったり、通底する価値観だったり、美意識があるんだなと気づけました。

自宅以外でちゃんと飾ったのが初めてなので、そういう意味では、WHAT MUSEUMであれだけ大きい作品を一度に並べて見られて、私自身、単純に楽しかったです(笑)」

アートコレクター高橋隆史さんのご自宅
京都と東京を頻繁に往復する名和晃平が新幹線で撮影した「Moment Photography」シリーズ。
名和晃平《Moment Photography》2021年

――作品を購入するにあたって、アーティストと会話して決めることが多いのでしょうか。

「そうですね。WHAT MUSEUMで展示していますけど、小林正人さんの作品は彼がベルギーのゲントにいたときに制作したものがコロナ中に輸送されて、ギャラリーの倉庫で飾られていたんですが、プライベートビューイングの案内が来たので見に行ってみたんです。そしたら小林さんご本人も来てくれて、直接、説明をしてくれました。小林さんってTHEアーティストというか、日本人が抱くいわゆる『アーティスト』のイメージを地で行くような非常に存在感のある方なんですが、その彼が滔々と語ってくれて。最初から素晴らしい作品だとは思ったのですが、何しろ大きいので一旦は踏みとどまったんです。でも、作品の鑑賞後に食事もご一緒して更にいろいろとお話を聞くうちに、やっぱり欲しくなっちゃって(笑)。で、結局買ってしまいました。

話せるなら、作家本人と話したほうがおもしろいですよね。なんで、どういう考えで作品をつくっているのかとか、もちろん全ては言語化されないんですけど、それでも伝わってくるものがあるんです。アートフェアとか、個展でも、人気作家だと作家がいないオープニングでどんどん売れていっちゃったりして、急かされるみたいでどうかなって個人的には思っています。本当はゆっくり納得して選びたいので」

WHAT MUSEUMで展示中の小林正人の作品(写真右)。
小林正人《Unnamed #10》1998年
WHAT MUSEUM 展示風景 T2 Collection「Collecting? Connecting?」展
Photo by Keizo KIOKU

――WHAT MUSEUMでは松山智一さんの作品も展示されていましたね。

「松山さんの作品はニューヨークのスタジオで見せていただいて。今、人気のシリーズ《Fictional Landscape》のたぶん最初期の作品で、現在に続く基本スタイルを確立した作品だったので、彼としても大事にされていて、ずっとNYの彼のスタジオに展示されていたものなんです。

2019年のマイアミビーチのArt Baselで会った時に、『今度は大きい作品、時間があるときでいいんでお願いします』みたいなことを伝えたら、翌日、『実はスタジオにコレがあるんですけど、どうですか?』って。でも、説明を聞いて彼にとっても非常に重要な作品であることがわかって、所有するのはちょっと重いなって思ってしまって(笑)。「それ、本当に僕でいいんですか?」って。まだコレクションはじめて1年の僕の何を見て譲ってくれると言ってるんだろうって思いつつ、結局、購入を決めました。

あの作品は彼の個展でもう何回も展示されていて、今後も展示の機会を作りたいと言ってくれたので、購入はしたものの、個展のたびに輸送するのも大変なのでそのままスタジオに預けていました。今回、展示することになってようやく日本に運びました。だから、日本で見たのはこの展覧会が初めてです。

アーティストにとって大事な作品を譲ってもいいと思っていただけることはコレクターとして光栄なんですが、いい意味で重たいというか、やはり責任は感じます。ちゃんと次世代に渡すためにきちんと保管しなければいけないし、引き受けた以上は、ちゃんとそれを見せる機会もつくらなければいけないと考えたりもします」

――WHAT MUSEUMでのスピーチで、日本ではアートを未来に残すことが難しいとおっしゃっていました。それは何故なのでしょうか?

「コレクターって、自分のリスクで作品を買っているんですよね。駆け出しの作家がいきなり美術館に入るわけはないので、作家が美術史的な評価を上げていくには、目が効く人やコレクターが作品を購入することで、その生活を支えて次の作品がつくれる機会をつくることが必要で、そうやって続けてきた制作活動が本物だったら、いつかは作品が美術館に入るという話です。

そうやって評価が上がるような人を見つけたとしても、税制の問題で言えば、その作品を美術館に寄付したところで金銭的なメリットがない。取得価格が税額控除されるくらいの話なんです。アメリカだと100万円で買った作品が1億円の評価になって、それを寄付したら1億円の税額控除を受けられるんです。かつ、それが5年くらい先まで繰り越せる。だからこそ、コレクターが目を凝らして伸びる作家を見つけて伸ばせば美術館への寄付を通じて金銭的なメリットを得られ、寄贈者としての名誉も得られるので、また次の作家を見出して、と循環していき美術館もコレクションを豊かにできるけど、こういう仕組みが日本にはない。

日本では100万円で買ったものを寄付したら100万円控除されるだけなので、作品を保管したコスト分マイナスになってしまい、少なくとも金銭的には寄付のインセンティブは働かない。しかし、作品をそのまま抱えてコレクターが死んでしまうと、もし作品の評価が上がっていた場合、相続税はその上がった評価に基づいて算定されて納税するように言われてしまう。こうなると、コレクターは自分が死ぬ前に泣く泣くコレクションを処分しないといけない。さもなければ、死後に、親族は慌てて相続税を払うためにコレクションを処分せざるを得なくなる。こうなると、足元を見られてバーゲンセール状態になってしまう。

いずれにせよ、コレクションをまとめて残すことは難しく、せっかくコレクターが集めたものがそうやって離散してしまうんです。もちろん、財団をつくるという手段もあるけど、それはそれで維持運営が大変ですし、美術館をつくるとなると更に難易度が上がってしまう訳で、そんな大変な仕事を遺族に残すためにアートを購入していた訳でもない。だからこそ、もっと違う形で、せっかく確立したコレクションが離散しないで日本に留まるような仕組みを、ちゃんとつくらないといけないと思うんです」

――今後コレクターとして、どんな活動をしていきたいのでしょうか?

「今回のコレクション展で自分が集めたものを見てもらえて、お世辞かもしれないけど『楽しい』とか『センスがいい』って言っていただけるのは素直にうれしかったんですが、一つの区切りがついたことで、今後、何を目指してやっていくんだろうということは、真剣に悩んでいます(笑)。自分の問題意識で自発的に行動することは好きなんですが、広くコレクターとして認知されてしまったために『良いコレクターじゃなきゃいけない』『人の期待に応えなきゃいけない』という圧を、自分が感じてしまうとすごく辛いので。

まったく買わなくなるとギャラリーやアーティストが相手にしてくれなくなるかもですけど、もし相手にしてくれるなら、これ以上買わないで、日本のアート業界をより良くするための活動とかに時間やお金を使ったほうがいいかなとも思います。

正直、少々僕がアートを買ったところで、アート業界は今の形が続くだけ。それよりは、同じお金を、エコシステムやシステム自体を変える方向に、例えば批評家を応援するような活動とかに当てて行った方がよっぽど大きいんじゃないかなと。真剣に答えると、そういうことを考えています。アートを買っている人をコレクターと呼ぶのなら、僕は確かにコレクターなんですけど、コレクションを成そうとしている人かというとそうではないので、形を変えてアートに関わるのもいいと思っています。

実際、『NMWA(The National Museum of Women in the Arts)』という、ワシントンD.C.にある女性作家の作品だけを集めたプライベートな美術館があって、そこが3年に1度、『Women to Watch』という世界中から女性作家の作品を集めた個展をやるのですが、2024年ははじめて日本からも作家を出すことができました。その選出を実現した日本支部の委員をやったんです。少しでも早くアート界のジェンダー平等が実現するようにと思ってのことです。そのほかにもキュレーターや批評家を育成、支援する各種活動も応援しています」

アートコレクター高橋隆史さんの支援活動
高橋さんが携わっているアート界における支援活動の一例。

アーティストにはアーティストの、経営者には経営者の、それぞれ孤独があると高橋さんは言う。同様にコレクターにはコレクターの孤独があるのだろう。好きな作品と出合い、所有できた喜びの先にはまた課題がやってくる。

芸術作品は実はおとなしくなんかしてはいない。誰かに所有されたあとも人の目に触れることを作品自ら望んでいると思えることもある。それに、作品は一人でいようとはしない。他の芸術品や芸術を愛する人間を引き寄せる。そしてこれが重要だが、一般に人間の一生より長く生きる芸術作品は今の所有者に一旦預けられているだけとも言える。

経済状況、法制度、税制の荒波に揉まれながら、それでもコレクターは守護聖人のように芸術を守り、愛し、受け継ぐ役割を進んで引き受ける。今回もその現場に接した気がする。

アートコレクター高橋隆史さん
高橋隆史/Takafumi Takahashi
ブレインパッド共同創業者・取締役会長、一般社団法人データサイエンティスト協会代表理事。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程の修了後、外資系コンピューター会社を経て起業家に。ビッグデータ及びAI活用を推進するブレインパッドは2社目の起業にあたる。現代アートの購入は、友人の誘いで2018年から開始。

T2 Collection「Collecting? Connecting?」展
会期:~2025年3月16日(日)
開館時間:火~日 11:00~18:00(最終入館17:00)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)、年末年始(12月27日~1月6日)
入場料:一般 ¥1,500、大学生/専門学生¥800、高校生以下 無料

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

TEXT=鈴木芳雄

PHOTOGRAPH=古谷利幸

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