東京品川・天王洲にある「WHAT MUSEUM」はユニークな美術館だ。アーティストによるソロショーではなく、コレクターの収集作品を展示するミュージアムである。現在、T2 Collection「Collecting? Connecting?」展が開催されているが、コレクターの想いや視点をキュレーターが巧みに引き出し、共に作り上げた展示を存分に楽しめる。
起業家・高橋隆史のプライベートコレクション初公開中
「WHAT MUSEUM」を運営しているのは寺田倉庫。なるほど、コレクターは顧客であり、それゆえこの美術館では主人公になるのである。美術ワールドではアーティストやキュレーター、ギャラリストが重要なプレイヤーであるのは言うまでもないが、近年はコレクターたちのプレゼンスが高まっている。考えてみれば、アート作品のプライスセッターであり、トレンドを左右することに関して、かなり重要な役割をしている。
アートを美術館で見るだけでなく、購入して楽しむ人が増えれば増えるほど、コレクターの力が高まるのは当然だ。
開催中のT2 Collection「Collecting? Connecting?」展ではブレインパッドの共同創業者であり、ビッグデータ・AI領域で活躍する高橋隆史さんが約6年前から収集してきた現代アートからセレクトした作品36点を展示している。 高橋さんの現代美術コレクションとして最初に購入することになったベルナール・フリズの作品はもちろんのこと、宮島達男、名和晃平、和田礼治郎ら、近年特に惹かれているコンセプチュアルな作品をお披露目している。今回、高橋さんご本人の話を聞いた。
「そもそもは、友人の知人が小さなアートファンドを作ったんです。アートを買ったことのない人を一口数百万円で十数人とか小口で集めて。それでアートを買って、その作品を、アートをコンセプトにしているホテルに貸し出すという活動です。5年も経てば、目が利いていれば元以上に取れるので損はないよって。
最初は現代アートとかってすごい胡散臭いなと思っていたんです。ただ話を聞いていると、GDP比でも日本のアートマーケットが非常に小さいとか、なるほどねというところもあって参加してみることにしました。出資者を集めたツアーで江之浦測候所に行ったら、あの場所を作った杉本博司さんがいきなり出てきて、アカペラで歌い出したり楽しい経験ができた(笑)。
それで、この楽しみを周りに広げようということで、起業家の集まりで勉強会を企画する幹事を引き受けた際に、ギャラリーのペロタンにお願いして、プライベートビューイングのあと、レストランに移って世界のアートマーケットの現状を話してもらうというイベントをやったんです。それが終わった後にペロタンの方と飲んでいて『そういえば、あの部屋にある絵、すごくカッコいいですね』と言ったら『買えますよ』って。『じゃあ、買っちゃおうかな』って反射神経的に買ってしまったんです。
それが現在、WHAT MUSEUMに飾ってあるベルナール・フリズなんですけど、サイズもちゃんと確認しなかったから家に飾れなくて(笑)。実用性もないものに外車を買えるような金額を使っちゃって、やっちまったなぁ……って半年くらい悶々としていて。倉庫に入れたままというのも作品に申し訳ないという思いもあって、ホテルに飾ってもらうことにしたんです。
そのホテルでレセプションがあったときにギャラリストの小山登美夫さんやアーティストの鬼頭健吾さんに会って『これを最初に買ったってすごいセンスいいよ』ってやたら褒められて、そこで、ああ、悪いことじゃなかったんだと思いました。もちろん、ペロタンで買ったのだから、ダメな作家なんているわけないんですけど。
その場で小山さんや鬼頭さんと話をして、自分の感覚がある程度は確からしいということと、さらに作品を介して人と繋がっていく楽しさみたいなのを実感できました。そこから、本格的にアートを買うことに躊躇がなくなっていきました」
――起業家である高橋さんは、アーティストと自身の間に共通する側面を見出したこともコレクションを始めたきっかけと話しています。高橋さんのキャリアのお話を伺ってもいいですか?
「2004年に、いまで言うビッグデータの会社を立ち上げました。ビッグデータという言葉が本格的に使われはじめたのは2010年とか2011年とかなんです。なので2004年の立ち上げ時はビッグデータという言葉もなく、当時は『大量データの分析の会社なんですけど』と説明していました(笑)。
これからデータの時代が来るので、企業も日本もそれに備える必要がある。そんな思いから会社をつくったのですが、当時は、そんな話をしても周りはポカーンって感じだったんです。そうやってかなり時代を先取りして始めたので、サービスの価値をわかってもらうためには説明を尽くさなければならなかったので、ビッグデータのブームが来るまではすごく苦労しました。
そういう意味で言うと、僕も日本では先駆者的な立場だったんです。だから、その自分からすると、新しい美意識とか、これって新しいアートだよね、みたいに考えて作品を生み出している作家にはすごくシンパシーを感じています。起業家は自分のビジョンをビジネスに落として展開していくんですけど、アーティストはそれを作品に落として展開していくという共通点があるなと思っています。
ただ、アーティストの方がより孤独ですよね。ビジネスってお金になればうまくいっていると認められるし、実感もありますけど、アーティストはこの作品がいま認められなくても、将来まで含めて、自分が良いと思うものをつくり続けなければならない。起業家は稼げなければビジネスモデルを変えたりしますけど、アーティストは売れなかったからといってそうそうスタイルを変えるわけにいかないので。
あと、経営者をやっているとどんどん現場から離れちゃって、指示して組織を回すことが仕事になってしまうのですが、アーティストの、最後まで現場にいて、自分でものを作ることに関わらないとみたいな姿勢にはある種の羨ましさみたいなものも感じます」
――アートを購入するにあたっての、自分なりのジャッジポイントのようなものはありますか?
「美しい、おもしろい、よく考えたな、とかケースバイケースですね。僕の場合、アーティストと話をして買うのが好きなのですが、コレクションを本格的に始めてすぐコロナ禍になってしまったので、海外のフェアに行けなかったり、日本のギャラリーでの海外作家の個展も減ってしまって、特に海外作家の場合は作品だけで判断する機会が増えたんです。そんななかで、その作家がどこの美術館に収蔵されているかなど確認しながら、どれくらいのキャリアを持っている人なのか、まだ新人なのかなど、アーティストのステージを把握するようになりました。
その上で、特に作家として評価が確立する前の状況なら、買うときに一層気合を入れて、それでも買うのかを自分に問うわけです。キャリアがしっかりあって多くの有名な美術館に入っているなら、作家としての評価がもう大きく崩れることはないのですが、若くて注目度上昇中という、美術業界的にはまだこれからという場合は、作品の購入がより応援的な意味合いが強まることになりますから。その場合は資産的な価値を期待せず、もし後から評価や価格が上がってったらラッキーくらいの気持ちでいないといけない。その辺をどう判断して購入しようとしているのかを、もう一人の自分が冷静に見つめるようにはしています。
その上で結局いいと思ったら腹を括って買う。考えなしに衝動的に買って『また、やっちゃったかな……』とか後から考えたくないですから(笑)」
この展覧会T2 Collection「Collecting? Connecting?」展では世界で活躍する日本の現代美術家である小林正人、宮島達男、名和晃平らもいるし、ベルナール・フリズ、バリー・マッギーなどコレクターならいつかは自分のコレクションに加えたい作家の作品がある。
その一方で多分に特徴的でもある。やんツーのミニ四駆の作品を展示するあたりは少年っぽさが伝わってくるし、長田綾美のファブリックを使った作品は、会場全体の空気を和ませてくれてもいる。中にはそれほど著名でない作家も含まれているが、それが高橋さんのセレクトであり、それによってコレクションとしてもオリジナリティが立ち上がってくる。
コレクションをするときは「耳だけで買うな、目で買え」と言われる。これは世間や先人の評判を聞いて、それにとらわれて買うのではだめで、自分の目で見て、感動したり、感心したりしたものを買わないといけないという戒めである。高橋さんはそれを実践しているのがコレクションから伝わってくるのである。
後半では、ご自宅におじゃまして、展覧会に出しきれなかった作品などを見せてもらい、さらにコレクションについて、深い話を聞いてみたい。
T2 Collection「Collecting? Connecting?」展
会期:~2025年3月16日(日)
開館時間:火~日 11:00~18:00(最終入館17:00)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)、年末年始(12月27日~1月6日)
入場料:一般 ¥1,500、大学生/専門学生¥800、高校生以下 無料
Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。