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2023.05.02

トム・サックスのお茶会&あの茶碗たちが再び日本にやって来てる

もう4年も前になるのか(確かにコロナの前だった)。東京オペラシティ アートギャラリーでの「トム・サックス ティーセレモニー」の展覧会は徹底していた。ティーセレモニー=茶会、茶道を現代美術的、アメリカ人的(?)、工作少年的に解釈、再構成したクールな展覧会だった。その延長とも言える茶碗の展覧会が開催中だ。連載「アートというお買い物」とは……

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Brinkman
2016
English porcelain, high fire reduction, Temple white glaze, Death Metal black glaze, NASA Red engobe inlay, gold
luster, resin, brass, stainless steel, Delrin, rubber
h.13.3 x w.12 x d.11.5 cm
個人蔵
●脚のある抹茶碗。NASAロゴ入りのトム・サックス作品となれば、月面着陸船を思い浮かべてしまう。2016年製で、ギャラリースタッフの話によると、トムのスタジオにはずっと置かれていたものの、発表されることはなく、今回が初お披露目と思われる。

永遠の工作少年トム・サックスのお茶目な茶碗たち

「茶の味には微妙な魅力があって、人はこれに引きつけられないわけにはゆかない。またこれを理想化するようになる。西洋の茶人たちは、茶のかおりとかれらの思想の芳香を混ずるに鈍ではなかった。茶には酒のような傲慢なところがない。コーヒーのような自覚もなければ、またココアのような気取った無邪気もない」(岡倉覚三『茶の本』村岡博 訳 岩波文庫)

茶会、茶道を現代美術的、アメリカ人的(?)、工作少年的に解釈、再構成したと雑な言い方をしたが、トムを知ってる人にはわかってもらえると思う。茶室や水屋、待合はもちろんのこと、あのスペースに石庭(のオマージュ)まで作った。灯籠や庭木も作った。実際にお茶会までやったのだった。もちろん茶道具も全部手作りで、電動工具メーカー、マキタの電動ドライバーに直結した茶筅(濃茶を練ったり、薄茶を泡立てる竹製の道具)とか欲しかったなぁ。

トム・サックスは1966年ニューヨーク生まれ。ロンドンの建築学校AAスクールで学んだあと、建築家フランク・ゲーリーの事務所で家具制作を2年間担当した。マクドナルドの商品やハローキティなどのアイテムとラグジュアリーブランドを結合させたお茶目な作品で人気を博した。近年は宇宙や茶道への興味からつくられた作品で人気を不動のものにしている。ナイキとのコラボなどでも多くのファンをもつ。作品はニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ホイットニー美術館、ポンピドゥー・センターなどに収蔵されている。

そのトム・サックスの茶碗をテーマにした展覧会が六本木の小山登美夫ギャラリーで開催されている。茶碗はすべて手捻りだ。トムは茶碗制作のため、2年間集中的に陶芸の修業をしている。トムの茶碗の原型は樂家初代の長次郎の作品である。その茶碗を中心に台座や周辺装置をブリコラージュ(寄せ集め)の手法で立体作品に仕上げている。そこには、コンスタンティン・ブランクーシやナム・ジュン・パイクら近現代アーティストへのオマージュも込められている。

トム・サックス「茶碗」

小山登美夫ギャラリーで開催されているトム・サックス「茶碗」は2023年5月13日(土)までの開催。 photo by Kenji Takahashi

すべての茶碗にNASAのロゴが刻まれているのはトムの宇宙好きからきていて、そのラインの作品シリーズとの連関もある。トムは宇宙空間でのティーセレモニーを想定しているのだ。それはたとえば火星旅行ともなると最低でも半年はかかると言われているので、その長い退屈な時間にはティーセレモニーが最適であるという考えもあってのことだという。

では、個別の作品を見ていこう。今回の個展で発表されているものとこれまでに発表したものの中から主要なものを選んだ。永遠の工作少年、トムのお茶目な作品群を見てほしい。

すべてにNASAのロゴ! 作品群をご紹介

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Ulysses
2023
Plywood, ConEd barrier, foil, resin, acrylic paint, hardware, reduction fired English porcelain, Temple white glaze, NASA Red engobe inlay, gold luster, resin, stainless steel, nylon
h.58.4 x w.56.0 x d.37.5 cm
個人蔵
●ジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』からとった銘と思われる。茶碗自体に脚がついているがそれがさらに噴射口と脚のついた台座に乗っている。背景は反射率の極めて低い黒バック、一部マテリアルとしてアルミ箔が使われていることからも宇宙がテーマだろう。また、この茶碗と台座の組み合わせは天目茶碗と天目台の関係だろうか。

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Hands Free
2023
Plywood, McMaster catalogue, toilet paper, hardware, reduction fired English porcelain, Temple white glaze, NASA Red engobe inlay, EF SI-1 diamond, gold luster
h.37.4 x w.27.4 x d.20.7 cm
個人蔵
●黄色の分厚い冊子『McMASTER 111』は工具、パーツを網羅したカタログ。トムのスタジオのあちこちに配備されてるそうだ。隣にあるトイレットペーパーはトイレでの用足し中にもカタログを見ることを暗示している。この棚の上に乗るのは抹茶碗ではなく、もう少し小さい茶碗だが・・・

トム・サックス「茶碗」より

上記Hands Freeの部分
●Hands Freeの茶碗のアップ。等級EF SI-1[無色、内包物(キズ)等、10倍の拡大で発見が容易、肉眼では困難]の人工ダイヤモンドが埋め込まれている。

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Angus
2023
Plywood, lamp, hardware, reduction fired English porcelain, Temple white glaze, NASA Red engobe inlay, gold luster
h.43.2 x w.21.6 x d.12.7 cm
個人蔵
●台座はなんとトムのスタジオの使い古した床板でできていて、だから削れ、凹み、油染みがある。粗末に見える古材をあえて使うのは侘茶の精神だが、トムの場合はこういう味になるのが面白い。しかし、板も使いっぱなしではなく、レジンで補修されていたり、ハローキティのマスコットが照明スイッチのツマミになっていたりする。

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Three
2023
Plywood, hardware, Makita battery, charger, reduction fired black English porcelain, Death Metal black glaze,
NASA Red engobe inlay, gold luster
h.38.2 x w.38.7 x d.17.3 cm
個人蔵
●メスカル(リュウゼツランを主原料とするメキシコ特産蒸留酒。テキーラはその一種)を飲むためのコピタ。黒いコピタは初めて発表されたと思われる。右上にあるのはマキタの工具用のバッテリーで、それが付けられている台には残量表示のLED、USB Type-AとUSB Type-Cのジャックが装備されている。

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
In My Eyes
2023
Plywood, ConEd barrier, sonotube, mirror, hardware, reduction fired English porcelain, Temple white glaze,
Death Metal black glaze, NASA Red engobe inlay, epoxy, carbon fiber, gold luster
h.100 x w.48.2 x d.25.3 cm
●展示ではどういう台座によって、どういうふうに茶碗を見せるかがテーマで茶碗と台座は対等の関係で全体で彫刻作品という解釈である。丸くくり抜かれたボックスはトムの作品にときどき現れる。その上にさらに茶碗が入る箱に乗った茶碗と小さな鏡の装置。この鏡は茶碗の金継ぎ部分を映して、見やすくしている。

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Carol
2023
Plywood, Sony TV-112, LED light, steel, hardware, reduction fired English porcelain, Temple white glaze, NASA
Red engobe inlay, gold luster
h.122.3 x w.40.5 x d.40.5 cm
個人蔵
●SONY製の小型テレビの中身を取り出し、代わりに茶碗と照明を仕込んでいる。テレビにもともとついているツマミを回すことで茶碗を照らす光の明るさを調整できる。銘「キャロル」から、同じく小型テレビのドンガラの中でロウソクが灯るナム・ジュン・パイク《キャンドルテレビ》へのオマージュと取ることもできる。

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Leather Tuskadero
2014
Black English porcelain, high fire reduction, Temple white glaze, Death Metal black glaze, NASA red engobe inlay
h.9.2 x 12.7 x 12.2 cm
個人蔵
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
I Woke Up Like This Hero Chawan
2018
English porcelain, high fire reduction, Temple white glaze, NASA Red engobe inlay, gold luster
h.8.5 x 12.4 x 13.5 cm
個人蔵
●タイトル「この英雄茶碗のように僕は目覚めた」。その「Hero Chawan」というのは、焼成のプロセスで割れもせず、その後、トム・サックスの厳しい選別を経て生き残った茶碗に銘がつけられる、つまり手捻りで数多つくられる茶碗の中から生き残ってヒーローとなった茶碗ということである。
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Leather Face
2015
porcelain, high fire reduction, temple white glaze, NASA Red engobe inlay, repairs
h.12.0 x 12.5 x 9.5 cm
個人蔵
●映画『Leatherface』(邦題『レザーフェイス―悪魔のいけにえ』)からとった銘をもつこの茶碗は鎹(かすがい)で補修されている。重要文化財の青磁茶碗 銘 馬蝗絆(ばこうはん/南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵)を彷彿とさせる。
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Joseph Merrick
2018
English porcelain, high fire reduction, Temple white glaze, NASA Red engobe inlay, gold luster
h.8.8 x w.11.3 x d.11.6 cm
個人蔵
●銘のジョゼフ・メリックというのはいわゆる「エレファント・マン」として知られた19世紀、英国の人物。茶碗の形状からの連想だろう。
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Milky Mountain
2019
English porcelain, high fire reduction, temple white glaze, NASA Red engobe inlay, gold luster
h.10.2 x w.14.0 x d.12.7 cm
個人蔵
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Mote of Dust
2019
English porcelain, high fire reduction, Death Metal black glaze, NASA Red engobe inlay, gold luster
h.8.3 x w.10.8 x d.10.8 cm
個人蔵
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Pearl Paint
2019
English porcelain, high fire reduction, temple white glaze, death metal black glaze, NASA red engobe inlay, gold luster, kintsugi
h.9.5 x w.12.7 x d.11.4 cm
個人蔵
●銘のPearl Paintはニューヨークのチャイナタウンにあった、アーティストたち御用達の画材屋の名前から取られている。金継ぎの茶碗にこの銘をつけた理由は不明。
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Airtight Copita Set (Armstrong, Aldrin, Collins)
2020
English porcelain, high fire reduction, temple white glaze, NASA Red engobe inlay, plywood, latex paint, epoxy,
steel hardware
h.9.5 x w.36.2 x d.22.9 cm
個人蔵
●こちらは煎茶碗というわけではなく、メスカルを飲むための器。Armstrong, Aldrin, Collinsは人類初月面着陸成功したアポロ11号の乗組員の名前。
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」より

Tom Sachs トム・サックス
Cuppy
2014
English porcelain, high fire reduction, Temple white glaze, Death Metal black glaze, NASA Red engobe inlay
h. 8.9 x w. 10.8 x d. 10.2 cm
個人蔵
※本展には出品されていません

トム・サックス「茶碗」
会期:〜5月13日(土)まで
時間:11:00〜19:00
定休日:日・月曜、祝日
開催場所:小山登美夫ギャラリー六本木
住所:東京都港区六本木6-5-24 complex665 2F
all images: ©︎Tom Sachs, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。東京都庭園美術館外部評価委員。

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TEXT=鈴木芳雄

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