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2026.02.28
意識はコピーできるのか? AI時代に突きつけられる「私」の正体
「意識」は行動を司るとされているが、実際には選択の多くを“無意識”が動かしているという。では、「自分で選んだ」という感覚は本物なのだろうか? 睡眠研究の第一人者である筑波大学の櫻井武教授が、意識の役割と“自分”の正体に迫ったサイエンス新書、『意識の正体』。本書より、一部を抜粋してお届けします。
あなたに似たAIは、「あなた」だと言えるのか?
「死」は、意識の終焉である。
だが未来のテクノロジーは、その「終わり」すら書き換えていくのかもしれない。もし私たちの意識をデータ化し、デジタルにコピーし、保存し、未来によみがえらせることができたなら――それは「死を超える意識」なのだろうか。
今、人工知能(AI)技術の中心にあるのは機械学習、とりわけ「ディープラーニング(深層学習)」である。
これはコンピュータが大量のデータを解析し、その特徴を抽出・最適化する手法であり、十分な量の教師データ(正解ラベル付きの学習データ)を与えることで、目的に応じた出力が自動化される。AIが、結論に至るような思考過程を構築するこの技術の背後には、「ニューラルネットワーク」と呼ばれる階層的なアルゴリズムが存在する。
AIの進化は目覚ましい。囲碁AI「AlphaGo(アルファ碁)」がトッププロ棋士を破ったことは記憶に新しいが、これは知的ゲームにおいても人間を凌駕する可能性を示した。ビッグデータの蓄積と計算処理能力の飛躍的向上が、かつて想像もできなかったような革新を現実のものにしているのだ。
こうした技術を用いれば、特定の個人の生活史や発言、振る舞い、環境要因(時間、温度、会話の文脈など)を大量に学習させることで、きわめて忠実な人格シミュレーションをつくり上げることが可能だ。
たとえば、あなたが「どのように話すか」「どう反応するか」を正確に予測するAIが生まれれば、それは第三者には本物と区別がつかないほどの忠実さをもつかもしれない。
だが、それは本当に「あなた」なのだろうか。
言葉や態度を模倣した機械に、感情はあるのか。主観的な意識はあるのか。残念ながら、そうとは言えない。
AIは、確率的に最適な出力を生成しているだけであり、自己意識や情動体験をもっているわけではない。第三者にはあなたと同じように感じ、行動するように見えたとしても、あなたと同じ「内的世界」はもっていない。感情はもとより自己であるという意識、自尊心、他者との関係性を感じる力などがことごとく欠けているはずだ。
ここで議論したいのは、模倣ではなく、意識そのものの複製についてである。誰かの脳の働きをそのまま機械上に再現し、それが主観的な「私」を意識しうる存在になるかどうか――つまり「マインドアップロード」の可能性だ。
意識のコピーは可能か?

現在のコンピュータは人間の脳とは大きく異なる作動様式をとっている。
私たちが経験する認知とは、視覚・聴覚・触覚などの感覚系がリアルな世界の情報を取り入れ、それを生き生きとしたイメージとして脳内で再構成することで成り立っている。
街の色彩、音、匂い、触感――それらは視床を経由して大脳皮質に届けられ、世界観を構築させる。注意によって感覚情報が選別され、意識の内容が構成される。記憶はその基盤にあり、過去の経験を参照することで現在の状況を判断する。こうした情報処理の統合が、私たちの意識を導いている。
だが、さらに認知には感情が伴う。リンゴを見れば食欲や懐かしさが生まれ、毛虫を見れば嫌悪感が湧く。情動は大脳辺縁系と視床下部の協働によって生じ、それは内分泌系や自律神経系とも連動する。つまり、認知は情動と別々のメカニズムで並列的に起こり、それらを統合する場が前頭前野である。
この前頭前野の神経回路こそが、感覚、記憶、情動、注意、そして行動選択をひとつにまとめ、私たちに「クオリア」、すなわち主観的な体験をもたらす。
意識とは、世界との関係性の中で「今、何かを感じている」主体的な経験を指すともいえるだろう。情報が処理されているだけではなく、それを「感じている私」がいるという構造こそが意識の本質である。
意識は、こうした多層的かつ動的な神経処理に支えられており、さらにそのもととなる情報の多くの部分が「無意識下」で制御されている。このような構造は、従来のコンピュータ的処理とは大きく異なる。
人間の脳は直感的に判断し、気分や情動に左右され、今まで見てきたように、「無意識」の働きに強く影響を受ける。これを模倣することは容易ではない。
人工脳と取り出された脳

しかしながら、現在、大脳皮質の情報処理構造をスーパーコンピュータ上に再現しようとする試みも進行している。
理論上は、すべての神経結合をスキャンし、シナプスの接続様式を理解し、細胞内の分子の空間的位置も含めてナノスケールで再現すれば、記憶や性格も模倣できると考える研究者もいる。記憶すらも構造の中に情報として存在しているはずだからだ。
しかし、そこに「私」はいるのか――この問いは依然として残る。
たとえ構造が完全に一致しても、それは主観の再現とは限らない。自己意識や身体性を欠いた意識は、意識と呼べるのか?
動物は環境と相互作用しながら情報を得る。脳は単に運動を指令するだけでなく、身体の状態からのフィードバックによっても活動している。胸の高鳴り、手に汗握る感覚、怒りの震え――こうした情動も、身体という媒介があってこそ立ち現れる。身体から切り離された脳は、意識を維持できない。
ブタの脳を体外で維持した実験でも、神経細胞は生きていたが、統合された脳活動は観察されなかった。つまり、感覚入力のない状態では、覚醒すら保てないのだ。脳は、身体をもつことによって初めて本来の機能を発揮すると言っても良い。
したがって、もしマインドアップロードによって人間的な意識を再現するのであれば、ロボットなどの物理的身体、あるいは高度なバーチャル環境による外界や他者との接続が不可欠となる。
私たちはまだ「意識とは何か」を完全には理解していない。
神経科学、人工知能、ロボティクス、バーチャルリアリティ、そして倫理学――これらが交差する未来において、意識の作動機構を完全に理解できたら、もしかすると永遠の命を得た「私のような存在」が、かつて人類が見たことのない地平へと至る可能性も否定できない。
コピーされた私

マインドアップロードが可能になったとして、その“コピー”が感じている世界は、私の世界と本質的に同じだといえるのだろうか?
ここで思い出されるのが、序章で触れた思考実験「水槽の脳」だ。水槽に浮かぶ脳が電気信号によって世界を“見せられて”いるように、マインドアップロードされた私の意識が、仮想環境の中で「風を感じ」「音楽を聴き」「自分が存在している」と感じていたとしても、それが“現実”なのか“幻影”なのかを本人が区別する手段はない。
しかも、この場合「水槽」は物理的な装置ではなく、コードによって生成された世界である。つまり、仮想空間に存在する私は、いわば“デジタルな水槽の脳“だ。だが、それでも“私”は存在しているといえるのだろうか?
結局のところ、意識とは、どこにあれば“本物”なのか?――身体に宿っていなければならないのか? それとも、入力と出力さえあれば、仮想環境の中でも意識は成立しうるのか?
もしかしたらその意識はデジタルが創った時空の中で生き続けながら、自らは、故郷である地球上のリアルワールドの中で生活していると信じ続けるのかもしれない。
マインドアップロードという構想が私たちに突きつけているのは、単なる技術の是非ではない。それは、「私とは何か」「生きるとは何か」「人間とは何か」という問いを、人類の未来とともに更新していく行為そのものなのかもしれない。
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