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2025.04.20

渋沢栄一も力を入れていた大麻栽培。戦前の大麻のイメージは“健康的で清潔”だった

2024年12月、大麻取締法が75年ぶりに改正された。日本と大麻の歴史について、ノンフィクション作家であり大麻問題を考える任意団体「クリアライト」副代表理事である長吉秀夫さんに聞いた。『あたらしい大麻入門』の一部を抜粋して紹介します。

健康を願い、子どもの名前に「麻」の字を使う

大麻は古来、日本文化と深い関わりがある。こう書くと、驚くひとも多いだろう。

有名人や学生たちによる所持や吸引などの大麻事件があるたびに、テレビや新聞で大きく報道される。大麻は、一度でも手を出したら人生を台無しにする恐ろしい麻薬だと、ほとんどの日本人は認識しているのではないか。

しかし、戦前までの大麻のイメージは、まったく違っていた。

「麻の中の蓬(よもぎ)」ということわざがある。曲がりやすい植物のヨモギも、まっすぐに伸びる大麻の中では曲がらずに育つことから、善良なひとと交われば自然と感化されて善人になるという喩(たと)えである。

生まれた子どもに麻柄の産着を着せ、健康にすくすくと育つことを願い、麻子や麻美など「麻」の字を使った名前を付ける。日本人にとって大麻とは、健康的で清潔なイメージを持つものだった。

また、大麻に由来する地名も日本には多い。神奈川県川崎市の麻生(あさお)区や、東京都港区の麻布(あざぶ)、北海道江別市の大麻(おおあさ)などがそれである。

1954年には約3万7000軒の大麻農家が存在し、全国各地に大麻畑があった。大麻畑は、日本の原風景の一部だったのである。

古代人も大麻を使っていた

福井県の鳥浜貝塚や青森県の三内丸山(さんないまるやま)遺跡からは、縄文時代の大麻繊維や炭化した麻(お)の実(大麻の種子)がみつかっている。また、福岡県の板付(いたづけ)遺跡からは、弥生時代の大麻織物が出土している。古代から日本人は、大麻繊維を布や袋や衣類、ロープなどの材料として使ってきたのだ。

炭化した麻の実は土器の中でもみつかっていることから、食用としていたとも考えられている。麻の実には、良質なタンパク質などの栄養素が豊富に含まれているのだ。

現在も食用としており、身近なところでは七味唐辛子の薬味の一つとして入っている。ときどき出てくる3ミリ程度の丸い粒は麻の実だ。

現代では、「麻子仁(ましにん)」という名で漢方薬としても使われており、便秘の改善や滋養強壮にも効果があるという。これは、麻の実に豊富に含まれるリノール酸やオレイン酸などの油脂成分によるものだ。

印度大麻煙草(ぜんそく煙草)の広告。1980年代後半

また、麻の実が実る花穂(かすい)には、鎮痛作用や精神を安定させる効果の成分がある。そのまま食べてもいいが、花穂を燃やして煙を吸飲することで強い効果を得ることができる。間接的な証拠からの推測ではあるが、古代人がこのような効果を薬や宗教的儀式に利用した可能性もある。
古代から重要な農作物だった大麻は、やがて稲と同様に神聖な植物として扱われるようになっていった。

大麻がなければ天皇に即位できない

大麻は神道でも重要な植物とされている。

大麻の紐は、結界を張るために使われる。麻紐の結界は、現存する日本最古の書物である『古事記』に書かれた日本神話の天岩戸(あめのいわと)伝説にも登場する。

太陽神・天照大神(あまてらすおおみかみ)が岩戸に隠れてしまったために世界が暗闇と化した。八百万(やおよろず)の神々が相談して策を練り、何とかして彼女を岩戸から連れ出そうとする。やがて出てきた天照大神が再び中に入らないように、麻の神様が岩戸に麻縄を張る場面がそれだ。

大麻繊維は、独特の製法で精麻(せいま)に加工され、神社の注連縄(しめなわ)や鈴緒(すずお)、お祓(はら)いの道具である幣(ぬさ)にも使われている。また、伊勢神宮の御札は「神宮大麻(じんぐうたいま)」と呼ばれていて、中には精麻が入っている。神道では、この精麻こそが、清めの象徴なのである。

相撲の横綱も大麻繊維で作られている。大麻繊維を晒(さらし)で巻き、紐状にしたものを大勢の力士が綱により合わせていく。力を込めて大麻の綱を作ることで、横綱の神聖性を高めるのだろう。

また、天皇即位に伴う儀式である大嘗祭(だいじょうさい)でも、「あらたえ」と呼ばれる大麻の布が、なくてはならない重要な道具として使われる。天皇に即位する者は、この布を媒介として神とつながり、天皇となるのだ。この儀式は一般に公開されない秘儀のため、どのような使われ方をするのかは、明らかにされていない。

大麻を宗教的儀礼に使うケースは世界各国にもある。そのほとんどが薬効成分による変性意識状態を引き起こす使い方で、神道のように繊維そのものを神聖化するのは珍しいといわれている。

日本政府は国力をあげるために大麻栽培を奨励した

大麻繊維は、布だけではなく畳表の縦糸や下駄の鼻緒、蚊帳(かや)、漁網、釣り糸、物干し綱など、さまざまな生活必需品の原材料としても広く使用されてきた。

江戸時代以前、大麻織物は武家の装束などに多くの需要が見込まれ、美濃布、木曽麻、岡地苧(おかちお)、鹿沼麻(野州麻)、雫石麻、上州苧など、全国各地に優れた大麻製品が特産品として存在した。

明治維新後、日本政府は国力を高めるために、繊維産業に力を注いでいく。

北海道を開拓し、西洋式農法の導入が奨励され、大麦からビールを造り、甜菜(てんさい)から砂糖を作るとともに、大麻や亜麻から繊維を作る官営事業が推し進められていった。

大麻繊維は丈夫で水にも強いため、当時は、軍服や軍艦の舫(もやい)ロープなどの軍需物資としても国家レベルで研究されていた。そして1907年、渋沢栄一や安田善次郎、大倉喜八郎などによって帝国製麻株式会社が設立され、大麻は日本の軍需産業の中心を担っていく。

その後も第二次世界大戦で需要が伸び、大麻繊維産業は重要なものとなっていった。

この記事は幻冬舎plusからの転載です。
連載:あたらしい大麻入門
長吉秀夫

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