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2025.01.01

「手術は成功です」は無責任。現役医師は言わない理由

「意識不明の重体です」「全治3カ月の大怪我です」。ドラマやニュースでよく聞くセリフだが、実際の医療の現場ではほとんど使われないそう。現役医師である「外科医けいゆう」こと山本健人さんが、医者と患者の「誤解の素」になりそうな言葉を解説。『がんと癌は違います』から一部を抜粋してお届けします。

「予定通りの遂行が難しい手術」はほとんどない

医療ドラマではとかく「成功」や「失敗」という言葉をよく聞きます。

外科系ドラマでは特に、手術の「成功」や「失敗」という表現がよく使われ、手術後に外科医が患者さんの家族に、

手術は成功しました

と言って家族がほっと胸を撫で下ろし、医師に「ありがとうございました」と涙を浮かべながら伝える、という感動的なシーンもよくあります。

また「失敗」と言えば、『ドクターX』に登場する敏腕外科医、大門未知子の決め台詞「私、失敗しないので」は、もはや知らない人はいないくらい有名と言ってよいでしょう。

こうしたドラマの影響か、手術の前に、

「失敗しませんよね?」

と言われたり、手術が終わった後に、

「大成功、と言ってもいいですよね?」

と言われたりすることもしばしばあります。

しかし、実はこの「成功」や「失敗」という言葉を、実際に私たちが患者さんに使うことはほとんどありません。なぜなのでしょうか?

まず、ほとんどの手術は術前に予定していた通りに遂行されるため、私たちは術後、ご家族に「手術は予定通り終わりました」と言います。ご家族の方も「ありがとうございました」と冷静におっしゃるケースがほとんどで、その場で泣き崩れるようなことはめったにありません。

これは、例えば大腸カメラの検査を受けに行って、「予定通り大腸カメラが終わりました」と言われるのと状況は似ています。

どのような手術を行うか、術前に外科チーム内で協議し、ご本人やご家族に順を追って丁寧に説明し、手術当日にその計画通りに手術が遂行される、というのがほとんどだからです。もちろん、前述した通り、病気が予想以上に進行していたことを手術が始まってから知るケースはあります。しかし、こうした「予想外の事態が起こる可能性」も術前に患者さんに説明し、予想外の事態すら「想定の範囲内」となるよう、患者さんと綿密に情報共有しておく必要があるとも言えます。

医療ドラマのように、「成功」を喜ぶほど「予定通りの遂行が難しい手術」ばかり行うことは、現実にはありえないのです。

手術は長い治療の「ほんの始まり」に過ぎない

また、手術が終わった時点で「成功」とは言えないもう一つの理由として、手術そのものはまだ外科治療のほんの「入り口」に過ぎない、ということもあります。むしろ、手術が終わった後から新たな戦いが始まる、と言ってもよいでしょう。患者さんが順調に回復できるよう、慎重な術後管理が求められるからです。

術後には、さまざまな合併症(手術に関連して起こる問題)のリスクがあります。

例えば、喫煙者や、肺の病気の既往がある患者さんは術後に肺炎を起こすリスクがありますし、心臓に持病のある患者さんは、術後にその病気が悪化するリスクがあります。糖尿病や肥満の方は、術後に感染症を起こすリスクが高い傾向にあります。

そのため、手術が終わったときに、安易に「成功した」などと患者さんに伝えることはできません。医師が術後にすべきなのは、「手術は予定通り終わった」という報告と、「これから順調に回復できるかどうかが問題で、慎重に見ていかねばならない」という注意喚起です。

「何かあればすぐに対処できるよう定期的に検査を行いつつ、全身状態を観察していきます」

と伝えることも多いと思います。

逆に、術後に合併症が起こっても、それを「失敗」とは呼べません。術後の合併症は一定の確率で起こるものです。手術そのものがどれほどうまくいったとしても、合併症をゼロにすることはできません。

むしろ、合併症が起こりそうな気配を察知し、早めに対処したり、再手術をしたりして患者さんが無事に退院できれば、「失敗」とはとても言えないでしょう。

また、がんの手術の場合、術後に一定の割合で再発が起こります。術後に、再発予防のための抗がん剤治療を行ったり、再発があれば早めに発見できるよう、定期的に検査を繰り返したりする必要があります。

このように、手術に関しては、何をもって「成功」とするかが非常に難しいのです。

もちろん、患者さんの治療が順調に進んでいるなら喜ばしいことですし、こうした喜びを患者さんやご家族と共有することはとても大切です。一歩一歩、着実に歩みを続けることができている、という事実を認識することは、次の治療へのモチベーションにもつながります。

しかし、

「順調だと思っていたのに予想外の方向に病状が悪化し、不幸な転帰をたどった」

「大きな手術に耐え、何とか一つの山を乗り越えたのに、すぐに再発してしまった」

そんな事例に肩を落とす患者さんを何度も見てきた医師にとって、まだ経過が読めない段階から軽々しく「私は失敗しない」とか「大成功だ」などと伝えるのは無責任ではないか、という思いがあるのです。

手術とは、患者さんにとっても外科医にとっても、長い戦いのほんの始まりに過ぎません。手術という治療の、こうした特性を知っていただけるとありがたいと思っています。

この記事は幻冬舎plusからの転載です。
連載:がんと癌は違います 知っているようで知らない医学の言葉55
山本健人

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