サッカー日本代表FW・前田大然が初めて明かす、挫折と戦い。2022年W杯カタール大会の秘話も含め、初自叙伝「がむしゃら なぜ俺は、こんなに走るのか――。」より一部抜粋してお届け。3回目。他の記事はコチラ。【特集 2026FIFAワールドカップ】

1997年10月20日大阪府生まれ。5人きょうだいの2番目(長男)。2016年に松本山雅FCに入団し、翌年に水戸ホーリーホックへ期限付き移籍。松本に復帰後、マリティモFC(ポルトガル)を経て、2020年8月から横浜F・マリノスでプレー。2021年、J1リーグで初の得点王を獲得。代表では、2021年に東京五輪に出場。2022年にはカタール・ワールドカップに出場し、クロアチア戦でワールドカップ初ゴール。
PKキッカーは絶対に譲らない
第6節のレノファ山口FC戦で初先発に抜擢され、シーズン2点目を決めた。
右サイドを全力疾走して抜け出し、そのままゴール前へ侵入して左足を振り抜いてゴールネットを揺らした。試合は1対1の引き分けに終わったが、この日の得点と活躍で周囲から信頼を得られたと感じたのは気のせいではないだろう。
実際に、それ以降はほとんどの試合に起用してもらえた。
そして僕と2トップを組んだのが(林)陵平くんだ。
加入当初は正直言うと知らなかった(苦笑)。あまりサッカー選手に詳しくないので、あとからインターネットで調べてみると、柏レイソル時代にはFIFAクラブW杯にも出場している実績の持ち主だった。
相手DFを背負っている状況でも中央でしっかりとボールを収めてくれて、いつも存在感と安心感がある。自分は陵平くんの位置を意識しながら前方向へ走っているだけでよかった。
アベックゴールを何度も決めたりして、手前味噌になるけれどものすごく相性の良いコンビだったと思う。2トップという形に限定すると、陵平くんは自分史上で最高の相方と言っていい。
水戸の絶対的な存在であり、頼れる先輩だったのは間違いない。でも自分としては得点数で負けたくない気持ちを持って過ごしていた。ほとんどのゴールをお互いの目の前で決めるわけだから、うれしい反面で闘志に火がつく部分もあった。
僕は春先と秋に4試合連続ゴールを記録し、コンスタントに得点数を伸ばした。でも終盤に入って、累積警告による出場停止を含めて8試合連続無得点でシーズンを終えることに。
それに対して陵平くんは同じ得点で並んでいた最終戦でゴールを決め、自分よりも1点多い14得点でフィニッシュ。自分以上の勝負強さに脱帽するしかなかった。
ただ、この場を借りてひとつだけ主張しておきたい。
陵平くんはPKのキッカーを務めていて、自分はシーズンで一度もPKを蹴っていない。
1点差だったので、僕が蹴っていたら得点数で上回っていたはず。そんなことを考えてしまうくらい悔しかった。
でも 、19、20歳の身分でPKを蹴りたいと主張できるはずもなく。陵平くんも誰にも譲るつもりはなかっただろうし、キャプテンマークを巻くくらい信頼が厚かったので仕方ない。
今でも連絡を取り合うくらい良好な関係で、たまに当時の話をしたりもする。これから2トップを組めるとしたら、PKキッカーは絶対に譲らない(笑)。

