創業150周年を迎えた手造り茶筒の老舗「開化堂」5代目の八木聖二氏は、根っからの気遣いの人。プライベートバーで今日も大切な人をもてなす。【特集 弩級のSAKE】

プライベートバーのある芳醇な暮らし
「人知れない隠れ家的なバーだから、“いないいないばー”と呼んでるんです」と朗らかに話すのは、開化堂会長・八木聖二氏。日本唯一といわれる手づくり茶筒の老舗「開化堂」の5代目だ。文明開化の時代に初代がイギリスからブリキを輸入して丸鑵(茶筒)をつくったのが始まり。150年を経た今も、130の製造工程すべてを職人の手作業で行っている。伝統の茶筒は、蓋自体の重みで静かにすっと落ちて、ピタリと閉じる。年を経るごとに渋みを増し、使うほど味わい深くなる。その秀逸さに惹かれ、愛用するファンは国内に留まらず世界中に及ぶ。
八木氏は、伝統技を粛々と守る一方で、時流に添った商品づくりや開化堂の改革にも力を注いできた。そのひとつが、昭和の歴史的建造物を再生した「Kaikado Café」のオープンだった。
「そもそもこの場所は、市電の修復などに使った車庫兼事務所やったんです。市電が廃線になって、使わないままずっと置かれていた。なんとかこの趣ある建物を残したいと思ったのがカフェを開いた理由です」
デンマークのデザインスタジオOeOに内装を依頼し、誰もが利用できるカフェに蘇らせた。
人を寛がせたい想いがプライベートバーにつながった
「2階にこのバーをつくったのは、ちょっとした遊び心やね。従業員やカフェスタッフ、支援してくださった皆さんを、そっとお呼びして、僕自身がもてなしたかったんです」と言う。
若い頃から仕事のあとは、酒場に出かけ、その日の疲れを癒やしていた。自身のそんな経験が、この場を「みんなの寛ぎの場にしたい」という思いにつながった。アールのカウンターの前面には銅板を用い、店内の真鍮のランプシェードも、開化堂の職人たちで製作した。バックバーには、50種類ほどのスコッチや日本産のウイスキーのほか、コニャックやジンなどを揃える。今では手に入らない希少な1本もあるが、「好きな人が飲んでくれるのが一番」と八木氏は言う。
「開化堂の商品とコラボしてくださったアーティストさんや著名な方をお招きして、一緒に飲むこともあります。ここで新しい出会いや発想が生まれることもあるから、楽しくなりますよ」
人が好きだからひとりでは飲まないが家族で集まり、ゆったり過ごす日もある。家業の伝統だけでなく、この場所や豊かな時間も次世代に伝えていく。
八木聖二/Seiji Yagi
開化堂 代表取締役会長。1947年京都府生まれ。京都市伝統工芸連絡懇話会会員。1875(明治8)年創業の開化堂を営む家に生まれ、高校卒業後、家業である茶筒づくりの道に入る。技術の継承と、現代的なブランド展開の土台を築いた立役者。2017年に6代目を長男の隆裕氏に譲る。
この記事はGOETHE 2026年2月号「総力特集:その一滴が人生を豊かにする、弩級のSAKE」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら








