サッカー元日本代表であり、実業家としても挑戦を続ける本田圭佑が、2026年に40歳を迎える。所属クラブのない状況でも、今も現役は引退していない。スタートアップ企業を中心とした投資活動や、自身が考案した4人制サッカー「4v4」の大会運営など活躍の幅を広げ、本気で向き合う理由とは。サッカーとの距離感、日本代表への視点、そして不惑を前にした覚悟を語った。

「心が動く試合でなければ意味がない」
2025年12月25日。初年度の2023年から3回目を迎えた「4v4」の全国大会を終えた本田圭佑が、今後も現役にこだわる意思をあらためて示した。。
2024年のブータンリーグ、パロFCでのプレーを最後に所属クラブのない状態が続いているが、「オファーはあります」と明言。2025年夏には1件のオファーを断っていたことを明かし、「自分の求めているものとかみ合わなかった。今もオファーが2つあるが、断るかもしれない」と続けた。
本田が求めているのは、心を動かされる環境だ。
「プレーはしたい。ただ、我が儘になり続けているので、やるなら刺激的な試合をやりたい。レベルはあまり求めていない。下のレベルでもいいんですけど、その試合が自分にとってハラハラドキドキのものでないと。客寄せパンダみたいなものには何も魅力を感じない」
本田はこれまで、日本、オランダ、ロシア、イタリア、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アゼルバイジャン、リトアニア、ブータンと、10ヵ国のトップリーグでプレーしてきた。
直近ではパロFCでクラブ史上初となるAFC大会本戦出場権の獲得に貢献。再び歴史に名を刻めるようなオファーが届くことを心待ちにしている。
W杯3大会を経験したレジェンドが見る、森保ジャパンの現在地
2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、2018年ロシア大会と、3度のW杯に出場。本田は通算9試合4得点と、アジア人最多得点を記録している。
2026年6月11日開幕のW杯北中米大会で優勝を目標に掲げる森保ジャパン。本田は2014年ブラジル大会前に優勝を目標に掲げたが、1次リーグ敗退。12年前の苦い経験をふまえ、日本代表の現状を冷静に分析する。
「優勝の可能性は上がっていると思う。とはいえ世界の強豪は、僕らのさらに上を行くプレーをずっとしてきた。まずは足をすくわれずにやることが大事。それがW杯では思った以上に難しい。実力が出なかったりするのがW杯。しっかり調整してベストコンディションで向かってほしい」
実業家としての野心と「4v4」にかける覚悟
2026年は実業家としての活動も、さらにギアを上げていく。
「今はビジネスに力を入れていて、特に投資の部分をやっているので、本当に大きなことを成し遂げたい。目標は大きく、計画立ててやっています」
自身が考案した4人制サッカー「4v4」では、2025年8月に10ヵ国によるアジアカップを初開催。近い将来のワールドカップ開催を目標に掲げている。
「子供のサッカー大会を世界規模でやるのは結構、難易度が高い。サポーティブ(協力的)じゃない国もあるし、サポーティブだけどお金がない国もある。自分を追い込むために意図的にワールドカップをやると言っている。何とか開催できるようにしたい」
40代に突入しても、妥協なき“二刀流”
2026年6月13日は40歳を迎える。2025年12月21日には元日本代表・柏木陽介の引退試合に出場。膝に違和感が出るなど、アスリートとして肉体的な衰えと向き合わなければならない年齢だが、サッカー選手と実業家の二刀流への妥協はない。
「この間、引退試合に出たら膝が泣き始めた。僕の思いと体は別なので、今後はそこの難しさを感じながら40代に突入するのだと思う。皆さんより働いて、皆さんよりトレーニングするという挑戦を続けていきたい。
サッカーに限らず常に1番になりたいと思うのが上を目指す人の考え方。言葉には責任が伴う。プレッシャーはいくらあってもいい。ダメな時に思い切り批判されてもいい」
不惑を迎える前から、本田圭佑に迷いはない。
本田圭佑/Keisuke Honda
1986年6月13日、大阪府摂津市生まれ。星稜高(石川)から2005年に名古屋に入団。VVVフェンロ、CSKAモスクワACミラン、パチューカ、ボタフォゴなど10ヵ国のトップリーグでプレー。日本代表では3度のW杯に出場するなど国際Aマッチ98試合37得点を記録。2018~2023年にはカンボジア代表のGMを務め、実質的な監督としてチームを率いた。サッカークラブの運営や投資家としても活動する。利き足は左。

