Jリーグの初代チェアマンであり、今もなお多様な“スポーツ改革”に邁進する川淵三郎氏。同じく“高齢者の医療・生き方改革”に励む和田秀樹氏。両者を突き動かすエネルギーの源泉とは。『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る連載。川淵三郎対談5回目。
声の張りがいい
和田 川淵さんは声の張りが本当にいいですね。
川淵 ありがとうございます。
和田 僕の観察では、声の張りがいい人って、やっぱり長生きするし、元気なんですよ。やっぱり講演や会議などで、声を出す機会が多いからですかね。
川淵 僕が電話で話していると女房が「何人と喋っているの」って笑うんです。僕の声の大きさは、演劇少年だったからかもしれません。小学校のときに、マイクのない広い劇場なんかで発声法とかをやっていましたから。
和田 いいですね。
川淵 小さな声で話せないんですよ。自分では小さい声で喋っているつもりなのに「もうちょっと小さく」と言われる(笑)。
和田 でも、声の大きな人がいると、周囲も元気になります。
川淵 いいのか悪いのか。僕の場合は、電車で隣の車両にいた人から「川淵さんの声が聞こえた」って言われるくらいだから。レストランなんかで食事しているときもね、別に悪口じゃないけど、人の話になるでしょ。すると女房が「そんな声で話したら誰が聞いているかわからないから」といつも心配そうに言う。僕は気にせず喋っちゃうほうだから。
欠点と思っていたことが長生きの役に立ったりする
和田 年を取ってくると、若い頃に恥ずかしいと思っていたようなことが、案外、役に立ったりします。大きな声も年を取ったら長生きの証になる。
川淵 ああ、わかります。例えば僕の場合は「忘れること」もそうですね。僕はわりと精神的に安定しているんですが、それはすぐに忘れてしまうからです(笑)。他の人なら1ヵ月、2ヵ月、ずっと悩みそうなことでも、僕は長くても1週間、2週間で忘れてしまう。だから、変なストレスもないし、悩みも抱えなくてすむ。
和田 引きずらないことは、本当に大事だと思います。
川淵 みんな、何かに悩んだときに「胃が痛い」って言うでしょ? でも僕はそれがまるでわからなかったんです(笑)。
和田 いいことですけどね。
川淵 だけどね、1回だけあるんですよ。神経性胃炎になったことが。
和田 そうなんですか。
川淵 ずいぶん昔の話だけど。現役時代にチームメイトだった友人が日本代表の監督をしていて、彼に引導を渡す役を任されてしまって。
和田 それはつらいですね。
川淵 僕は協会の委員だったんだけど、委員長から「川淵、あいつに辞めるよう、伝えてくれないか」と言われましてね。
和田 嫌な役目ですね。
川淵 監督としてこういうところがよくないと理由を伝えたうえで「おまえは監督を辞めたほうがいい。もう辞めろ」と。それから2週間ぐらい、ものすごく胃が痛かった。「ああ、これが神経性胃炎か」と。このときの痛みは忘れられませんね。
和田 つらかったですね。
川淵 僕も割合、その気になりやすいほうだから。何かを頼まれると「よし。それなら俺がやってやる」と引き受けてしまう。だから損することも多いんです。
和田 会社でもやはり、リストラの担当者は精神的に病んでしまうことが多いです。僕は精神科医なので、そういう人も多く見てきました。
川淵 あれは本当につらかったです。だけど「こういう理由で辞めさせたい」と言われたときに僕も全く同感だったんです。だから言えたのだと思います。やっぱり納得しないと言えませんから。
私利私欲がないとなんとか踏ん張れる
和田 Jリーグのチェアマンのときも、サッカー協会の会長のときも、立場的には相当なストレスがあったと思います。
川淵 ストレスはもうやたら多いですよ。Jリーグをつくるときもそうだし、サッカー協会のときだって、女房は体を壊しましたからね。僕だけならいいんだけど、家にも「ジーコ監督がどうだ」とか「川淵辞めろ」だのという声が聞こえてくる。
和田 家族もたいへんです。
川淵 デモがきたこともありましたが、僕はそれほど神経質にはならなかったんですが。国立競技場で日本代表の試合が終わり、外に出たら「デモをします」という看板を出している人がいた。それを見て「おお、しっかり頑張れよ」なんて声をかけたくらいですからね(笑)。
和田 それはすごい(笑)。
川淵 客観的にものを見られる。これがリラックスの素なのかもしれないと思っています。
和田 なるほど。それと、川淵さんは私欲がないのでは?
川淵 確かにそうかもしれません。例えば「川淵なんかに会長をやらせるな」「辞めさせろ」と言われたときも「僕がおかしいなら辞めさせたらいいだろ。僕はみんながやれというからなっただけだ」と思っていましたから。
和田 肚を括っている。
川淵 僕はそういう考え方なんです。仮に「おまえのこういうところに問題がある」と、面と向かって理由を言われて、僕が「確かにそうだな」と思うなら、いつだって辞める覚悟はありましたからね。
和田 やっぱり私利私欲がないんでしょうね。だから覚悟が決まるのだと思います。
川淵 頼まれたとはいえ、納得してその役職に就いたわけですからね。そういう意味では、邪念がないから、周囲の声にも惑わされず、仕事に専念できたと思うんです。
和田 素晴らしいですね。
川淵 なんだか自慢話みたいになっちゃったけど(笑)。
和田 いやいや。ふんぞり返っている大学教授や政治家なんかに聞かせてやりたいですよ(笑)。
※6回目に続く