放送作家、NSC(吉本総合芸能学院)10年連続人気1位であり、王者「令和ロマン」をはじめ、多くの教え子を2023年M-1決勝に輩出した・桝本壮志のコラム。
僕が「下積み」を「上積み」と言い換えて、吉本芸人学校の生徒に伝えている理由
若手育成の現場では、時代の変化に合わせ“言葉を変化させていく”ことも大切です。
例えば、どんな仕事にも「下積み」はありますが、その必要性を「若いときの苦労は買ってでもしろ」と昭和節で伝えても、若い子は身構えるか逃げ出すだけ。
では、どんなふうに伝えればよいのでしょう?
ちなみに僕の授業では、「下積み」でなく「上積み」という言葉に変換してアナウンスしています。
一体どういうことか? 今回は吉本NSCで成果を上げてきた“下積みを上積みとして捉えていく思考法”をシェアしていきます。
芸人界でも「下積み」はそぐわなくなってきた
「芸人=つらい下積みがマストな世界」という印象があると思いますが、今はそうでもないんです。
例えば、芸人さんがメディアで語る下積み時代の中でも「貧乏エピソード」は長らくテッパンでしたが、最近の若手は語らなくなっています。
理由は、日本の景気がいいときはマイノリティな貧困ネタがウケたけど、今では芸人でなくても“金欠はあるある”だから。
「若手芸人=生活苦は芸の肥やし」が時代に合わなくなったのなら、私たちも育成法を改めないといけません。
この「時代に合わせて育成を変える」は、芸人界だけでなく、あらゆる職種のリーダーの課題ではないでしょうか?
吉本芸人の人材の豊富さは「下積み」の見直しにあり
ヒアリングを重ねていくと、芸人の卵や社会に出てくる若者の多くは、「下積み」を“下っ端としての修行を積むこと”だと思っていることが分かりました。
いわば“ひたすら耐え忍ぶ時間”というネガティブな捉えかた。これではパフォーマンスは上がりません。
たしかに下積みは、理不尽なことも、ムチャぶり仕事もあるし、初めての後輩をいびりたい先輩社員との人間関係もキツい。
しかし、僕と同世代の方はお分かりでしょうが、下積み時代は「土台」になるし、理不尽やムチャぶりは、その後の「まさか」や「なんで?」などの“不測の事態をさばくタフさ”になって返ってくる。
なので、私たちリーダーは「苦労は買ってでもしろ」といった昭和フレーズを使わず、もっと「得すること」「ポジティブな部分」を伝えたほうがいい時代なんですね。
数年前から、僕は生徒らに「下積みの本質は上積み。将来の自分の給料を上乗せするため、将来できる仕事量をかさ上げするためのスキルを得る“上積み”の期間なんやで」と伝え始めました。
すると彼らは、おのずと「苦労は買うほどではないけど、もらえるなら積極的にもらったほうがいい」という、昭和×令和のハイブリッドな思考を駆動させてくれました。
近年、NSCの卒業生は、以前よりも即戦力が増えています。
もちろん九分九厘は彼らの実力ですが、僕のような思考のサポーターがいるのも、また事実です。
育成リーダーは、言葉の見直しを!
僕が「下積み」を別視点で解釈してみた背景には、吉本興業の歴史が関係しています。
かつては、芸人になるには「弟子入り」がマストで、明石家さんまさんも、東京のビートたけしさんも、みんな師匠のカバン持ちからキャリアをスタートさせました。
しかし1982年、「弟子入り」が時代にそぐわなくなってきたことを察知した吉本は、誰もが笑いを学べる、芸人になれる学校、NSCを創設。
そこからダウンタウンさんをはじめ、多くの人気芸人が輩出されたのは言うまでもありません。
僕は吉本の人間ではありませんが、新人育成は“会社の中でもっとも変容・変化させるべきパートであり、育成の見直しは会社の利益になる”という先見と、師匠たちの異論を受けながら大鉈を振るった吉本の歴史は、見習う点があると思います。
会社の舵取りは上層部の仕事ですが、新人を育てている最前線は「現場」。
私たち育成リーダーは、まず「努力は報われる」「みんな通ってきたから」などのストックフレーズをよく使うポジションであることに目を向け、言葉の見直し・変換をしていくことが大切だと思っています。
ではまた来週、別のテーマでお逢いしましょう。