米国スタンフォードでMBAを取得した物部真一郎さん。精神科医でありながら、これまで4つの会社を立ち上げ、さらに投資家としていくつもの会社に出資する物部さんが注目の起業家と対談、スタートアップをカウンセリングする。
オンライン診療の最前線
高知医科大学(現高知大学)から、米国スタンフォード大学に進み、MBAを取得。精神科医でありながら、2014年12月に専門医と非専門医をオンラインでマッチングするエクスメディオを創業。起業家としても成功を収めているのが物部真一郎さんだ。
2019年にエクスメディオを売却後は、医療サービスの開発と投資事業に尽力。自身の経験も踏まえて、数多くのスタートアップに助言する立場でもある。
そんな物部さんが、今、注目のスタートアップ企業をカウンセリング。なにが優れ、どのような可能性や将来性を秘めているのか? 創業者との対話を通して企業の特徴を紹介していく。
今回はオンライン美肌治療サービスを手がけるANS.(アンス)を運営するNeautech(ニューテック)代表の水本明宏さんと、そのサービス上でオンライン診療を行うANS.クリニックの竹村昌敏院長に物部さんが話を聞いた。
物部 私はもともとエクスメディオで医者と医者をつなぐB to Bの皮膚のオンライン診療に携わっていましたが、ANS.は医者同士ではなく、医者と患者をつなぐB to Cのオンライン診療を行っているサービス。診療科目は美容皮膚科で、オンライン診察室を使って、ニキビやシミ、毛穴に関する悩みや状態をチャットで問診。これによって患者さんは自宅に居ながら、なにかあれば24時間いつでも肌に関する相談を医師に投げかけることができるわけですね。
竹村 その後、チャットによる診察結果をもとに患者さんひとりひとりの肌の悩みに最適な治療薬のプランを医師が提案。最短で翌日には内服薬や外用薬、スキンケア製品などが患者さんの元に届けられます。さらに肌の改善には最低でも3ヵ月の時間を要するので、希望される患者さんには月々定額で定期発送を行い、継続をサポートしています。
水本 オンライン診療において、物部さんは我々ANS.のどんなところに強みを感じていらっしゃいますか?
物部 私がANS.に注目しているのは、診療におけるオンラインとオフラインの違いを明確にされていて、対面診療の課題を解決できるベンチャーだと思うからです。対面診療の課題とは、患者さんと会っている時しか診療できないこと。その結果、完治までに10回通院する必要があっても、患者さんの自己判断で通院をやめてしまうことがよくあって、治療が完遂しないのです。
その点ANS.では、オンラインで容易に患者さんが医師やカウンセラーと繋がることができるので、不安があればチャットですぐに課題を解決することができます。治療をやめる時も、ほとんどの患者さんが肌の現状を医師やカウンセラーに相談してからやめているので完治につながる。
対面診療の場合は、やめていいかどうかを相談するためにわざわざ医院まで足を運ぶ人が少ないんです。気軽に相談できることこそオンライン診療の強みだと思いますし、そうなるためのサービスの仕組みがANS.はとてもキレイに作られていて素晴らしいと思います。
水本 例えば、治療の途中で不安になった時に、その都度クリニックに足を運ぶことはかなりハードルが高いと思うんです。でも、私たちのサービスは、薬を塗って皮膚に赤みが出た時に、薬が自分に合っているのかどうかの相談が気軽にできますし、化粧品やスキンケア方法の悩みも個別に対応しています。
患者さんの治療に伴走するようなサービスを実現していて、不安の解消に繋がっています。相談内容は24時間いつでも送っていただいてOKで、回答は9時から21時の間に行っています。オンラインなら対面では聞きにくいことも聞けて、医師からすれば、これに悩んでいるんだという患者さんの本音がわかる。患者さんも医師もお互いに本当に知りたかったことを知ることができるんです。
対面治療の課題を解決
竹村 例えば、“本当にこの薬は効くんですか?”とか、“ほかのクリニックではこの薬を処方されたんですけど、ここではどうして処方してくれないんですか?”“この化粧品を使っているんですけど、どう思いますか?”など、肌に関して患者さんが思ったことを素直に聞いていただけるところが、オンライン診療の強みのひとつだと思います。
物部 ANS.では、オンラインによる対話だけではなく継続することを目的としたアプリがあり、スマホですべて解決できるなど、ITを使って対面診療の課題を解決するための設計がキチンとされている点が、ほかの医療ベンチャーとは異なるところです。扱っているものが医療サービスというだけで、基本的にはITを駆使した優れたテックベンチャーのひとつだと思います。
今、オンライン診療の市場が拡大しているなかで、ひとつの正解の形ではないでしょうか。患者さんにとって有益なサービスであることはもちろんですが、医師にとっても継続的により多くの情報が得られるので、それが蓄積すればするほど精度の高い答えを導き出すことができます。
オンラインでしかできないオンライン診療のいいところをちゃんと体現されているところがANS.の素晴らしさですね。
水本 同じ医療系のオンラインサービスでも、薬を売るだけの売り切り型、いわゆるフロー型ビジネスモデルって、患者さん、医師、サービス提供者の損得のバランスに偏りが生じやすいのですが、うちの事業モデルはサブスクのようなストック型に近いので全員がハッピーになれると思います。
物部 オンライン診療の市場全体の話をすると、コロナ禍では成長しましたが、それが落ち着いた2023年になったら減少に転じたんですね。先ほど水本代表がおっしゃったような売り切り型のオンライン診療をされているサービスは、コロナ禍が落ち着いたあとは減っていきました。
皮膚の治療って効果がわかりにくかったり、もしくは効果が出たと自分で判断してやめてしまうケースが多い。ANS.は継続することにフォーカスしているのがポイント。診療には保険診療と自由診療というふたつの領域があって、日本のオンライン診療は保険診療がメインです。
ただ、オンラインでは報酬にあたる医療点数が使いにくい、つまりは収益を上げにくいルールになっていて、それが大きな課題でしたが、それが少しずつ改善しています。
一方で自由診療のオンラインサービスも着実に伸びていて、特に美容皮膚、ピル、AGAといった疾患特化型は成長著しいですね。ANS.は自由診療ですが、患者さんが支払う総額は保険診療とそんなに変わらない。これは最近流行りの自由診療の特徴のひとつでもあります。
多くの投資家が注目する理由
竹村 基本的に保険診療は、あくまでも国民の皆様から集めたお金を公的に利用しているものなので、使用用途に関しては、ビジネスではなく公共の利益が強く優先されます。
それを踏まえると自由診療領域の方ができることが多くビジネスモデルとして成立しやすいと思います。
物部 オンライン診療は対面診療に比べて質の低いイメージがあるかもしれません。でも、美容皮膚のようにオンライン診療のほうが医療の質が同等以上の領域もある。それが社会的に認知されれば、市場全体がもっと伸びていくと思います。
竹村 逆に言えば、対面診療と比べてオンライン診療の同等性もしくはそれ以上であることを示しながら、そこに利便性を加えていくことができないと、今後オンライン診療が自由診療領域で大きくなる際に障害になるなと思います。
だからこそ、ANS.のサービスのなかでもそれをしっかりと証明して、なおかつアカデミックな分野でも信頼の置けるデータを発表していくことが必要なのではないかと思います。
物部 ちなみに日本全体でベンチャーキャピタルからの資金調達を得ている会社は年間で400社ほど。それらの会社は経営が軌道に乗った時に収益が急に伸びるホッケースティック型の成長曲線を期待されていることがほとんどです。
そのため、出資を受けるからには会社を高成長させてその期待に応える必要があります。実は2023年に東証のグロース市場においてベンチャー企業の株価が軒並み下がった影響で、現在、資金調達の難易度が非常に高い状況にあります。そのようななかでもANS.が3社から計8.5億円の資金調達に成功しているのは、投資家からすごくイケてるベンチャー企業だと評価されているから。
クラウド上でソフトウェアやアプリケーションなどを提供するサービスを開発・展開するSaaSと呼ばれる企業には、理想的な成長モデルを表すT2D3という言葉があって、これはトリプル(T)、つまりは前年比3倍の成長を2年連続達成し、さらにその後、2倍の成長であるダブル(D)を3年連続で成し遂げることを意味します。これがイケてるSaaSの基準なのですが、ANS.は現状でこれを達成できているんですね。
戦略を作ることができて、それを実行できて、投資家に説明できて、社会と投資家が納得できる状態を作っていける。これができると、そのベンチャー企業は素晴らしいと言われますが、まさにANS.はできています。市場全体の動向も含めて、ANS.が今後どこまで伸びていくのか? 私も投資家目線で楽しみにしています。
ANS.
オンラインで完結する美肌治療サービス。医師の診断で、シミ・肝斑・ニキビ・毛穴・くすみなどの治療から、美白・美容・エイジングまで肌悩みにこたえる薬をひとりひとりに合わせてオーダーメイドで処方。最短で翌日に自宅へ配送する。時間がかかる肌の改善のために、きちんと続けられるようサポートする。これまでの診断数は6万件以上(再診を含む2024年3月までの実績)。高い継続率と満足度を誇る。