アイドルグループ「NEWS」のメンバーとして活躍する一方、2012年、自身初となる小説『ピンクとグレー』を発表。2021年、6作目となる『オルタネート』が第42回吉川英治文学新人賞を受賞、第164回直木賞の候補作にもなるなど、作家としても注目される加藤シゲアキ。その書き下ろし長編小説『なれのはて』が2023年10月25日に刊行された。壮大なミステリ小説にして“問題作”に込めた想いとは。
構想から完成まで3年、ダンボール2箱以上の資料を読み込んだ
「プロット(小説の設計図)を仕上げるのに1年、執筆に2年近くかかり、校正も4回行って1万ヵ所くらい直しました。目を通した資料も、ダンボール2箱ではきかなかったんじゃないかな。
実は原稿を書き終えたのは、去年のカウントダウンライブの直前だったんですよ。僕は年男として、うさぎの耳をつけてステージに立ったんですが、いつもなら渋々なのに、この時ばかりは書き上げた達成感、解放感で、思い切りジャンプしていました(笑)」
原稿用紙740枚にもおよぶ最新作『なれのはて』を書きあげた際の感想を聞かれ、そう答えた加藤シゲアキ。
その言葉どおり、構想から3年がかかりで書き上げた本作は、自身初となる本格的ミステリにして、戦争やジャーナリズムの在り方など社会問題をも織り込んだ意欲作だ。
東京と秋田、新潟を舞台に、大正から昭和、そして現代と、時空を行きつ戻りつしながら、作者不明の1枚の絵と、先の戦争で日本最後の空襲と言われる土崎空襲を軸に、謎が謎を呼ぶスリリングなストーリーが巧みな筆致で展開される。
「前作の『オルタネート』は、高校生の恋愛をテーマに、若い世代に向けて書いた作品だったので、次はもっと幅広い層の方々に楽しんでもらえる本格的なミステリをと思っていました。
そこでテーマを何にするか考えたところ、まず浮かんだのが著作権の問題。自分にとって身近で、関心があったからなのですが、それが、こうした形でつながるとは、当初は想像もしませんでした」
物語が勝手に進んでいく、“導かれた作品”だった
加藤の言う“こうした形”とは、戦争、そして秋田との結びつきだ。広島県出身ということから、これまで何度か戦争をテーマにした仕事を受け、戦争について考えさせられる機会が多かったという加藤。
被爆者をはじめ戦争体験者に話しを聞くなかで「戦争のことを書いてほしい」と言われることがある一方、その語り部が年々減っていることも気にかかっていたという。
また、いつかは母の出身地である秋田を舞台にした作品を書きたいという想いも温めてきた。
そこで、なんの気なしに「秋田 戦争」とネットで検索したところ、物語の重要なキーとなる土崎空襲を知ることになる。
なぜ土崎が空爆されたのか。それは、秋田に日本有数の油田があり、土崎に製油所があったからだった。秋田、戦争、油田。それらが、著作権不明の一枚の絵とからみ、作家・加藤シゲアキのなかに壮大な構想が沸きあがった。
気になって手に取った雑多なピースが、ピタリとはまり、壮大な作品が完成する。加藤にとって『なれのはて』は、そんな小説だったようだ。
「小説を書く時は、いつも導かれていると感じる瞬間があるんですが、この作品はとくにそれが多かったですね。
さまざまなテーマを織り込み、史実と虚構を交えていますが、針の穴を糸がすっと通るように物語が勝手に進んでいくというような……。
植物が自然に生え、森へと形成されたものを、僕は育てるだけという感覚に近かった。今でも、『本当にこれを自分が書いたのだろうか』と思うくらいです」
その陰には葛藤もあった。戦争を、ミステリ小説というエンタテイメントに結びつけていいのだろうか。そもそもアイドルでもある自分が取り上げるテーマなのだろうか。
そう逡巡した加藤が出したのは、「戦争は、今の自分こそが書かなければいけないテーマだ」という答えだった。
「小説を書き始めたばかりの頃は、(アイドルもしている)自分のような作家は、戦争といった重いテーマを書く必要はないと思っていました。
でも、あれから10年以上たち、僕も30代半ばになり、ありがたいことに作家として賞もいただきました。そうした経験が自信になり、アイドルでもある自分こそが、若い世代を含めて多くの方に、戦争について伝えるべきだと思えるようになったのかもしれません。
それに、小説という形をとることで、より伝わることがある気もしています。僕は、物語の持つ力を信じているし、それを読む人のことも信じているんです」
何かに導かれ、突き動かされるようにして仕上げた小説『なれのはて』。後編は、そこに込めた作家としての矜持について語ってもらう。