PERSON

2023.07.20

世界水泳で圧巻の舞! 井村コーチとともにAS2冠を達成した乾友紀子

福岡で開催中の水泳世界選手権でアーティスティックスイミング(AS)の乾友紀子(32歳・井村ク)が史上2人目となる2大会連続2冠を達成した。2023年7月16日に決勝が行われたテクニカルルーティン(TR)で日本勢の第一号メダルをもたらすと、19日のフリールーティン(FR)も制覇。井村雅代コーチ(72歳)とのタッグで、世界一のソリストの力を証明した。連載「アスリート・サバイブル」とは……

2023世界水泳福岡大会AS 女子ソロテクニカル決勝での乾友紀子と井村雅代 コーチ。

2023世界水泳福岡大会AS女子ソロテクニカル決勝での乾友紀子(左)と井村雅代コーチ(右)。

涙の2連覇2冠! 日本人選手金メダル第一号

表彰台の真ん中で、乾が涙を流した。2大会連続のソロ2冠は2009年、2011年大会を制したナタリア・イシェンコ(ロシア)に続く史上2人目の快挙。

挑戦者として臨んだ前回大会とは違う。女王の重圧にも打ち勝った。水泳世界選手権通算4個目の金は競泳の瀬戸大也に並ぶ日本勢の最多タイ。「前回は信じられなかったけど、今回2回目の頂点に立って実感が湧きました。グッときました」と声を震わせた。

テクニカルルーティン(TR)のテーマは「水のゆくえ」。自分の競技人生と水の流れを重ね合わせたオリジナル曲に乗って、華麗な演技を披露した。約25秒も水中に潜りながら多彩な脚技を繰り出す大技を序盤に成功。

その後も高得点が狙える多彩な脚技をミスなくこなした。フリールーティン(FR)のテーマは「大蛇(オロチ)。2022年世界選手権ブダベスト大会でも採用した思い入れの強い曲で、2位に25以上の差をつけて圧勝した。

二人三脚で作り上げた高難易度の舞

新ルールとなり結果には大きく影響しない表現力、芸術性の高さにもこだわり、ホームの観衆を魅了。2022年夏の東京五輪は無観客開催だっただけに「自国開催の福岡での世界選手権だからこそ、ここまで頑張ることができた。特別な思いがある」と実感を込めた。

世界水泳連盟はアーティスティックスイミング(AS)を順位の予想できないスリリングな競技にするべく、今季から大胆な採点方式の変更を断行した。事前に演技内容を記入したカードを提出。フィギュアスケートのように技ごとに採点され、技の成功が認定されなければベースマークという最低評価となり点数を伸ばすことができない。

新方式では芸術性を高めるより、難しい技を多く入れた方が高得点を狙える傾向が強い。限られた時間内に高難度の技を詰め込み、いかにミスなく遂行するかがポイントとなる。多くの選手がベースマークの判定を受けるなか、乾は世界選手権前の3大会6演技で一度もベースマークなし。今大会でも4演技で一度もベースマークがつかず、完成度の高さは群を抜いていた。

乾は新ルールの研究をいち早く開始。高難易度の技を連続して出す体力の必要を感じ、脚のラインの美しさを守るために避けてきた筋力トレやバイクをこぐ練習を取り入れた。東京五輪後にチームのヘッドコーチを退任して乾の専属となった井村コーチも慣れないパソコンで演技の難易度を計算するなどサポートした。

水面に出した足を45度傾けて1回転する技「R7アンバランス」を多用することが世界の主流。効率よく演技構成の難易度を上げられる一方で、足の角度が45~60度を外れればベースマークとなるハイリスク、ハイリターンの“もろ刃の剣”だ。

井村コーチは「練習を見ているうちに自分の目が信じられなくなった」と、インターネットで分度器を購入。練習を映像に収め、脚の角度を1度単位で計測し、45度を体に染みこませた。必ずスロー再生で演技をチェックして、技の成功可否を確認するなどベースマークを避ける対策を徹底。乾は「ベースマークを出さないのが自分の強み」と強調する。

乾は井村コーチと二人三脚で作品を作り上げた。井村コーチが日本代表の監督に復帰した2014年は、乾は厳しい練習についていけずトイレにこもり号泣することもあったが、10年の時を経て成長。東京五輪後は2人で意見を出し合い、演技構成を練ってきた。

海外遠征の帰路の飛行機では一睡もせずに反省会をするのが恒例。空港から練習場に直行し、熱量の高いうちに改善点を実際の演技に落とし込んだ。

ソロは非五輪種目。五輪は2012年ロンドンから3大会連続で出場し、2016年リオデジャネイロのチーム、デュエットで手にした2つの銅メダルが乾の最高成績だ。チーム、デュエットともに4位に終わった東京五輪後、乾は井村コーチに「もう、五輪はやりきった。今度は個人として世界でどう評価されるか挑戦したい」と伝え、ソロに専念。「自分のことだけを考えて追求する日々は充実していた」と振り返った。

今大会は2021年開催の予定だったが、新型コロナの影響で2度延期された。集大成と位置づけた自国開催の世界舞台を最高の形で終え「だいぶ待たされたけど、粘って出た意味があった」と実感を込めた。今後の去就については「福岡のことまでしか考えていなかった」と白紙を強調した。2024年2月には世界選手権カタール大会が開催される。前人未踏の3大会連続の2冠へ挑戦するのか。世界一のソリストの決断が注目される。

乾友紀子/Yukiko Inui
1990年12月4日、滋賀県近江八幡市生まれ。小学1年生から本格的に競技を始めた。五輪には2012年ロンドン大会から3大会連続で出場し、2016年リオデジャネイロ大会はチーム、デュエットともに銅メダル。2021年東京大会はともに4位だった。世界選手権は2019年韓国光州大会のソロ2種目で3位、2022年ブダベスト大会は日本勢初となるソロ2冠を達成した。立命大出身、井村ク所属。身長1m70cm。

 
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。

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TEXT=木本新也

PHOTOGRAPH=YUTAKA/アフロスポーツ

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