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2023.02.16

経営者としての才能も!? 国枝慎吾が15年以上も世界トップを走り続けられた理由

車いすテニス男子の第一人者、国枝慎吾(38歳・ユニクロ所属)が2023年1月22日をもって現役を引退した。4大大会で歴代最多50回の優勝(シングルス28回、ダブルス22回)を誇り、パラリンピックでは4個の金メダルを獲得。国民栄誉賞授与も検討されているパラスポーツのレジェンドが15年以上も世界トップを走り続けられた真相に迫る。連載「アスリート・サバイブル」とは……

車いすテニス男子の第一人者、国枝慎吾

ユニクロ・柳井正会長も絶賛する、戦い続けたレジェンド

言わずと知れた車いすテニス界のレジェンド。国枝慎吾が2023年1月22日付で世界ランキング1位の座に就いたまま引退した。“言わずと知れた”という修飾語を迷うことなく使用できるパラアスリートは世界的にも国枝ぐらいだろう。

パラリンピックのシングルスで、2008年北京、2012年ロンドン、2021年東京の3大会で金メダルを獲得。2022年のウィンブルドン選手権を制し、すべての4大大会とパラを制する「生涯ゴールデンスラム」も達成した。プロ転向は2009年。15年以上も世界のトップを走り、世界ランキング1位の座に通算582週にわたり君臨した。「なぜ日本から世界的な選手が出てこないのか」と問われたロジャー・フェデラー(スイス)が「日本には国枝がいるじゃないか」と答えたエピソードは有名だ。

27年に及んだ現役生活。国枝を突き動かしてきたものは何だったのか。2023年2月7日には都内で引退会見を開き、詰めかけた約200人の報道陣の前で「現役生活は車いすテニスをスポーツとして認めてもらうための戦いだった」と振り返った。

2004年アテネ・パラの男子ダブルスで金メダルを獲得してもスポーツの枠では扱われず、福祉としての社会的意義ばかりが伝えられた。それを機に競技の魅力を積極的に発信し、観客がエキサイトできるプレーを意識。圧倒的なパフォーマンスで勝ち続けることが、発信力を高めるために何よりも必要だった。

ワンバウンドでの返球(車いすテニスはツーバウンドでの返球も可能)やトップスピンの利いたバックハンドを駆使した新たな戦術を確立。2021年の東京パラで金メダル獲得後は祝福だけでなく、競技自体に魅了されたとの言葉も多く耳にした。

「東京パラ後の反響でスポーツとして認められた手応えがあった」

2022年の楽天オープン決勝では満員の観衆の前でプレー。タイトルにも代えられない最大の目標を達成したことも引退を後押しした。

自らを奮い立たせる言葉があった。座右の銘と公言する「オレは最強だ!」。ラケットにこの言葉を手書きした白いテープを貼り、試合中に弱気になりそうな時はいつも思い出した。世界ランキング10位前後だった2006年1月に全幅の信頼を寄せていたオーストラリア人のメンタルトレーナーから贈られた言葉だ。それから毎日のように、鏡の前で「オレは最強だ!」と言い続け、約9ヵ月後に世界ランキング1位の座にのぼりつめた。

練習中も「この練習内容で“オレは最強だ!”と言えるのか」と自問自答するようになり、トレーニングの質も格段にアップ。2016年リオデジャネイロ・パラのシングルス準々決勝で敗退して3連覇を逃した直後は「“オレは最強だ!”をラケットから外そうか迷った。でも一度外したらもう戻って来ない」と踏みとどまった。「弱気になっても“最強だ!”と断言することで、弱気の虫を外にとばせた。それは2006年から最後までやり切れたと思うことの1つ」。言葉の力も国枝がトップを走り続けられた一因だった。

国枝が競技を始めた当初はパラスポーツの管轄は健常者と同じ文部科学省ではなく、厚生労働省(2014年から文科省に移管)。行政の壁に阻まれ、ロッカーや食堂などコート以外の施設を使えないという経験もした。周囲から「車いすでテニスやって偉いね」と言われて、違和感を覚えたことは心に刻まれている。

「車いすは特別なことではない。目が悪いから眼鏡をかけるのと同じ」

国枝が常に持ち続けた思いだ。結果を出すことで影響力を強め、パラスポーツの地位向上に尽力。国内唯一のATPツアー楽天オープンに車いすテニス部門の導入を働きかけ、2019年に実現させた。2009年からはユニクロと所属契約を締結。ホンダ、ANA、ヨネックス、NECなどともスポンサー契約を結んだ。活躍に見合う対価を得たことは、他のパラアスリートに希望を与え、共生社会実現への機運も前進させた。テニスコート外の功績も計り知れない。

引退会見で、国枝は「最高のテニス人生を送れた。成績やタイトルでやり残したことはない。本当にやり切ったと思える現役生活を送れた」と強調。政府側から国民栄誉賞授与を検討しているとの連絡を受けたことを明かし「自分自身のやってきたことが最大限に評価された。大変光栄」とうなずいた。今後も愛する競技をさらにメジャーにすることに力を注ぐ方針だ。

引退会見に同席したユニクロの柳井正会長から「車いすテニスという新しいスポーツのジャンルを確立したことは新しい産業を作ったことと同じ。プロスポーツ選手よりも、経営者としての才能を持っていると思う」と絶賛されたレジェンド。第二の人生でもスポーツの枠にとらわれない活躍が期待される。

国枝慎吾/Shingo Kunieda
1984年2月21日千葉県生まれ。麗沢高―麗沢大卒。9歳の時、脊髄腫瘍による下半身まひで車いす生活となり、11歳で車いすテニスを始める。2007年全豪オープンで4大大会を初制覇し、同年に史上初の年間グランドスラムを達成した。2009年に麗沢大職員を退職してプロ転向。パラリンピックは2004年アテネから2021年東京まで5大会連続出場。シングルス3個、ダブルス1個の金メダルを獲得。4大大会シングルスでは全豪11回、全仏8回、ウィンブルドン1回、全米8回の優勝。身長1m73cm。右利き。

 
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
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連載「アスリート・サバイブル」

時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。

TEXT=木本新也

PHOTOGRAPH=REX/アフロ

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