女優・大竹しのぶによる朝日新聞人気連載を書籍化したエッセイ「母との食卓 まあいいか3」。新生活がスタートした今、日常の些細なことに宿る大切なことを思い起こさせ、元気をくれるエッセイ3本を本書から一部抜粋してお届けする。2本目は母から学んだ生き方。※初出は朝日新聞夕刊 連載「まあいいか」2017年9月1日〜2021年3月19日付け
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母を想い、私らしく
突然、母を想い、鼻の奥がつんとなる。決まってお風呂のお掃除をしている時だ。つまり毎日、同じシチュエーションで母を想い、ややもすると泣きそうになりながら、お風呂掃除をしている私がいる。
きっかけは、ある日のこと。お風呂から上がり、いつものように簡単にサッサッと浴槽を洗い流し、身体を曲げその底をキュッキュッと拭きながら、いつかこんな風に掃除をしたり出来なくなる日がくるのかなとふと思った。母は一体いつまでお風呂掃除をしていただろうかと考えた途端、なんだか急に悲しくなった。
母がいつから自分の部屋の掃除ができなくなったかを考える。いつから食事を作ることができなくなっただろう。いつから買い物に行けなくなったのか? いつからお茶を入れることさえできなくなったのか? 次々にできなくなることが増えていった母を思い出す。と同時に、それでもなお自分のできる小さなことを見つけ、必死に生きていた母を思い出した。
それからは、家事をする度になぜか母が浮かぶようになった。
夕食の片付けを終え、キッチンを拭きながらひと想い。洗濯物を広げながらまたひと想い。朝起きて割烹着をつけ一日中、家事をして動き回っていた綺麗好きな母を想い、自分も頑張ってみようと、シンクを洗いながら密かに誓う。そんなことをしばらく続けていたら、それが一日の終わりの喜びになっている自分に気づく。ちょっと面倒だなと思う時は母を想い、頑張りがきく自分がいる。いまだに私に教育してくれているのかと思うとなんだか小さく笑ってみたくなる。「はい、お母さん。今日も一日が終わりました」と報告したくなってくる。
私の子供たちは、私がいなくなったその日々に、一体どんな姿を思い出すのだろうか。バタバタと忙しく動き回りながら仕事に出かける私だろうか。ボサボサの髪と寝ぼけた顔で朝食を作る私だろうか。クリスマスや誕生日で楽しそうに食事を作る私だろうか。私のおにぎりの味を覚えてくれているだろうか。でもそんなことは、実は知ったこっちゃないことなのだ。私らしく、必死に生きればいいことだ。それを子供たちは見ているだけだ。
一生懸命仕事をし、楽しい時間を作っていこう。母がそうであったように一日一日をきちんと生きていこう。と、そんなことを思いながら36にもなる息子の朝食を作る私がいる。そんなところも母譲りだ。
仕事に出かける時に持たせてくれた小さなおにぎりの味を私はちゃんと覚えています、お母さん。
Shinobu Otake
1957年東京都生まれ。1973年「ボクは女学生」の一般公募でドラマ出演。1975年映画「青春の門-筑豊編-」ヒロイン役で本格的デビュー。その鮮烈さは天性の演技力と称賛され、同年、連続テレビ小説「水色の時」に出演し、国民的ヒロインとなる。以降、気鋭の舞台演出家、映画監督の作品には欠かせない女優として活躍。2011年紫綬褒章を受章。2021年東京2020オリンピック閉会式に出演。2023年4月22日に前編、4月29日に後編が放送されるドラマ「犬神家の一族」(NHK)に出演。4月9日からは主演ミュージカル「GYPSY」がスタート。また6〜7月頃には一人芝居「ヴィクトリア」が上演される。