女優・大竹しのぶによる朝日新聞人気連載を書籍化したエッセイ「母との食卓 まあいいか3」。新生活がスタートした今、日常の些細なことに宿る大切なことを思い起こさせ、元気をくれるエッセイ3本を本書から一部抜粋してお届けする。1本目は、役者をするうえで、大切にしてきた三つの“ち”について。※初出は朝日新聞夕刊 連載「まあいいか」2017年9月1日〜2021年3月19日付け
いつでもそばに歌がある
今回は、私の久しぶりのアルバム「ち・ち・ち」の話。大好きなアーティストの方に曲を提供して頂き、舞台やドラマの合間を縫って、1年がかりでやっと完成しました。
朝のテレビ小説「水色の時」というドラマで、私の父親役だった米倉斉加年さんがおっしゃった「しのぶちゃん、これから役者をやってゆくなら、三つの“ち”をずっと忘れないことだよ。知性のち、幼稚のち、白痴のち。分かるね」。アルバムのタイトルを決める時に、40年ほど経ち、ふと思い出しました。子供にもなれて、狂喜を演じられる。勿論(もちろん)知性がなければ、それを理解することは出来ません。大切にしてきた言葉です。
世界観を話した曲もあれば、詞の細かいところだったり、アレンジで悩んだり、歌い方を教えて頂いたり、一曲一曲「歌たち」が誕生してくるのを目の当たりにして、創る過程はどんなに疲れていても心が躍るのが分かりました。
素敵なアーティストの方たちが、ご自分で歌って送ってくださるデモを何度感動しながら聴いたことでしょう。勿体(もったい)なくて、勿体なくて。これを私が歌っていいのかと真剣に悩んでしまうほどでした。
振り返れば歌うということはいつも私の側にいました。歌うことが好きで姉や妹たちと一緒に二部合唱したり、カラオケなどない時代、打ち上げパーティーでスタッフさんに、ありがとうの気持ちを伝えたくてアカペラで歌ったり、あまりにも悲しく辛いことがあった時、車の中で涙をボロボロ流しながら大きな声で歌ったり。クリスマスのホスピスで患者さんたちと一緒に歌った「きよしこの夜」。東北の病院で、小さな声で、目にいっぱい涙を溜めて、声にはならないけれど、確かな声で歌っていたおじいさんの美しい歌う姿、忘れられません。これからも歌を通して、私の思いを伝えてゆけたらと思っています。歌は祈りだと思うから。
Shinobu Otake
1957年東京都生まれ。1973年「ボクは女学生」の一般公募でドラマ出演。1975年映画「青春の門-筑豊編-」ヒロイン役で本格的デビュー。その鮮烈さは天性の演技力と称賛され、同年、連続テレビ小説「水色の時」に出演し、国民的ヒロインとなる。以降、気鋭の舞台演出家、映画監督の作品には欠かせない女優として活躍。2011年紫綬褒章を受章。2021年東京2020オリンピック閉会式に出演。2023年4月22日に前編、4月29日に後編が放送されるドラマ「犬神家の一族」(NHK)に出演。4月9日からは主演ミュージカル「GYPSY」がスタート。また6〜7月頃には一人芝居「ヴィクトリア」が上演される。