公益社団法人日本女子プロサッカーリーグチェアを務める髙田春奈。大学を卒業後、ソニーの人事部でスタートした彼女は、人事コンサルティングなどを担う会社、Jリーグ、V・ファーレン長崎の社長として、組織を率いてきた。成果が求められるビジネスの現場で髙田が考えるマネジメント哲学とは。
儲けることが大事なのではなくて、社会に何をもたらすかが大事
――どのような人材の採用を希望されたのですか?
「組織を理解して、自分はこういうことをやっていきたいという意思を持つ人が必要だと考えていました。それはWEリーグに限らず、私が人事の仕事をするなかで、一貫するものですね。それぞれの人間がきちんとリーダーシップを持ち、この仕事を通して、世の中に対してなにをしたいのかを常に考えられる人といっしょに仕事をしたいので。結果、そういう仲間と出会い、仕事をやってきました」
――社会の一員としてというイメージでしょうか?
「社会性という話になると、組織のなかでどうふるまうのか、どう生きていくのかの意識が強くなると思うのですが、そういうことではないです」
――結果的に内向きな視線になってしまう可能性は高いですよね。もっと組織の外の社会への意識も必要だと。
「世の中に対して、自分たちの組織がなにをもたらしたいのか。自分たちの価値を信じられる人と仕事をしたい。サッカーに詳しくなくても、WEリーグはこんなに素晴らしいのに、見られていないのはおかしいと思っている人ですね」
――情熱とビジョンを共有できる人でしょうか。
「そうですね。強いものを持っていてほしいというよりかは、共有できることが大切です。組織のビジョンに対して、自分はどういうポジションで、どのように貢献できるのかを理解できること。たとえば、サッカーチームで考えるとわかりやすいと思うのですが、優勝するために、チームの目標を達成するために、このチームのなかで、自分はどう動けば、チームをサポートでき、チームにプラスをもたらし、成果に繋げられるのかを考えて、自ら行動できる選手ということでしょうか」
――自分がやりたいプレーではなく、チームのために自分の強みをどう生かすか、どういうプレーがチームを勝利に導けるかと考えられる選手ですね。
「そうですね。ビジネスというか、組織の話について、サッカーで例えるとすごく納得できることがたくさんあります」
――それは、JリーグのV・ファーレン長崎にかかわるようになって感じたことですか?
「そういうわけでもないです。『スラムダンク勝利学』などの著者であるスポーツドクターの辻秀一先生の雑誌連載を2006年に読んだことがきっかけでした。もともと私はスポーツが好きだったので、先生の文章に強い納得感がありました。スポーツで感動をすること、仕事のなかでチーム作りにつながるところを文章で書いてくださっていて。先生に連絡をして、研修もやっていただきました」
――先生の言葉がビジネスの現場で生きたと。
「そうですね。V・ファーレン長崎はJ1昇格を目標に掲げていました。選手にもそれを伝えていましたが、じゃあ、職員やチームスタッフはどうなのかということを強く意識するようになりました。立場は違っていても同じビジョンを共有することが重要だなと」
チームの成果を最大化させるためにやること
――サッカーでいえば、ある意味、監督と同じ立場。選手の特性を活かす環境作りというのは、ビジネスの現場でも同じかと思いますが、そのためにどんなことに気を配っていますか?
「一番は、その人は何が一番得意なのかを知るところから始まりますね。それは経験ということだけではなくて、どういうことであれば、ポジティブに取り組めるかということも含めてです。どういう仕事をしているときが、最もアウトプットできているかを見ます。それは、その人間も機嫌良く仕事ができているということなので。そういう材料を持って、ポジション(配置)を決めることがあります」
――とはいえ、得意なこと、好きなことだけをやっているだけでは、仕事が回らないのではない?
「もちろんそうです。限られた人数の組織ですから、画一的にこれができるようになってほしいというのはあります。でも例えば、わかりやすい資料を作ってほしいと求めすぎても、苦しんでしまう人は必ずいます。だから、足りないポイントを理解しなくてはいけない。この人は良い意見を言ってくれるけれど、資料を作るのがうまくない。ならば、資料を作るのがうまい人をいっしょに配置をするとか。『私が資料を作るので、その先を考えてみて』ということは、よくあります」
――苦手なことを求めすぎると、良い面も伸ばせなくなる可能性もありますからね。足りないところは、スタッフの組み合わせなどで補うと。
「私の仕事は、チームの成果を最大化させることだと思っています。だから、『こっちへ行きます!』と言ってついてきてもらうよりかは、この方向へ向かうために頑張っている人たちをサポートすることができれば、グッと上がってくれるのではないかといつも探し続けているような気がしますね」
――前で引っ張っていくというよりも、後方から援護するイメージでしょうか。
「チェアや社長という立場で、外で発信をすることも自分の仕事だと思っていますが、組織のなかにいるときは、できるだけ、みんなの方を見るというのは、意識をしています」
――グループの大小もあると思いますが、一人ひとりとじっくり話をしたい?
「そうですね。したいというよりか、話をした方が理解し合えるし、進むし、自分も楽しい。先ほども言いましたが、みんなが同じ目標をもって、同じ想いで仕事をするのは、とても大事なことだと思っているので。幸い、今の人数なら、一人ひとりと話して確認ができます。」
――たとえば、自己肯定感をコントロールできず、やる気があっても私はできないと考えてしまう人には、どう接しますか?
「自分に力がない。失敗してしまったということを自覚することは必要だと思います。ただ、重く受け止めさせないようにはしたいですね」
――女性は自己肯定感が低いと一般的にはいわれています。
「性別は関係ないとは思いますが、そういう傾向はあると思います。ただその良さもある。自己肯定感が低いからこそ、頑張れるし、すごく努力すると感じています。管理職に登用しますとなったとき、女性は『私にはこれもあれもできない』『こういう障害がある』と考える人が多く、そういうときに『じゃあ、無理をしなくていいよ』という構図はあると思います。そうではなくて、『とりあえず、やってみようよ。できるよ』と私は言ってきましたし、これからも伝えていきます」
みんなのいいところを集合体として最大化したい
――チームが輝いて、最大限の力が発揮できる現場の空気づくりとは?
「やっていることはたくさんあります。雰囲気をよくするためにご機嫌をうかがうとか、仲良しチームになることはあると思いますが、それで成果が出るかというとそれもまた違いますよね。サッカーの組織になぞらえると、単純に楽しんでやっていますというのと、J1優勝を目指しますというのでは、空気や成長具合、進化スピードが全然違うと思っています。
たとえ苦しくてもみんなでこの目標に向かって、一生懸命やるという経験自体が楽しかったりする。目標を共有できているか、それを楽しんでやっているかは常に見ていきたいです。ちょっときつそうだなと見えても、本人はここで頑張りたいと思っているかもしれないし、早く帰ることができて楽だなと思っていても、本人は全然コミットしていない人もいるかもしれないので」
――目標への共感、情熱があっても、結果が出ないこともありますよね。
「そうですね。でも、それを補完できる仲間や上司の存在が支えになってくると思います。WEリーグでも収益化という意味では課題がありますが、私が来る前から助け合う文化があり、きつい状態のなかでも頑張って踏ん張ってきたのがWEリーグだと思っています」
――高い目標を共有して、楽しむというのはどういうことなのでしょうか?
「サッカー選手も常に楽しいからという理由だけで練習や試合をやっているわけではない。目標を達成するという結果を手にすること以上に、がむしゃらにやっている瞬間を楽しんでいるということもあると思います。一見苦しそうに見えるかもしれないです。でも、そういう瞬間はフロー状態というか、さらに言えばゾーンに入っている状態で、パフォーマンスが一番高いと思います。
みんなができるだけそれに近い状態だったらいいなと思いますし、今の一瞬は苦しいかもしれないけれど、長いプロセスのなかでは、あのときがあってよかったなと思えるときが来る。そう思ってくれたら本望です」
――会社という組織は好きですか?
「仲間がいるという安心感がありますよね。自分がどこかに属していて、その一員である安心感は絶対にあります。そういうなかで、仕事を楽しんでいける。ただ、規模が大きくなると官僚的になってしまう面もあるのではないでしょうか。そうすると、楽しさよりも自分が安定して生きられるかという心持ちになってしまう可能性がある。そのせめぎ合いもあるとも思います」
――髙田さんの仕事のこだわりは?
「仕事での価値と社会や世界、世の中での価値は違う。仕事で失敗をしてもその人自身が否定されることではない。そこは常に分けて考えるようにしています。でも仕事だから、結果を絶対に出さないといけません。だからこそ、みんなのいいところを集合体として最大化させることを大事にしていますね。同時に上のレイヤーでいうと、社会に何をもたらすのかが大事だと思っていて、そのための手段としてお金を稼ぐということだと考えています」
――髙田さんにとって成功とは?
「なにを成功というかを突き詰めて考えると、どれだけ人を幸せにできるかだと思います。一緒に働く人も含めて、関係をする人たち全員。サービスをする相手や世の中の人たちを幸せにできることが私にとっての成功だと思います」