WEリーグは2021年秋に開幕した日本初の女子プロサッカーリーグだ。開幕して2シーズン目を迎えたが課題は多い。そんなWEリーグの2代目チェアとなったのが髙田春奈だった。Jリーグ、V・ファーレン長崎の社長を務めた経験はあるが、選手出身ではない。人事と経営のプロである髙田に、リーグの現状と未来を聞いた。
多様な社会の象徴「WEリーグ」を老若男女に愛されるコンテンツに
――WEリーグチェア就任には驚きました。2022年春にJリーグの常勤理事に就任したばかりで、わずか半年です。
「私にとっても電撃でした。8月にチェアの選考委員会からご連絡をいただいたのですが、まずはJリーグに来たばかりだったので、難しいというお話はしました。それでも一度考えてみますとお時間をもらいました」
――当時、WEリーグのことはどの程度の認識だったのでしょうか?
「もちろん、開幕したことは知っていましたが、それほど知っていたわけではありません。まだスタートしたばかりですが、私の耳にも届かないくらいの盛り上がり、盛り上がっていないというイメージもありました。だから、きっとこの仕事はかなり大変だろうなと。
それと同時に試合を見てみると、選手はもちろん、試合内容も含めて、非常に魅力的でした。せっかく誕生したプロリーグを成功させることは、サッカー界にとっても重要な仕事だとも思いました。同時に私がJリーグでやりたいことと変わらないなとも」
――Jリーグでやりたいことと変わらないというのは?
「私はJリーグで社会連携を担当していました。WEリーグには『日本の女性活躍社会を牽引する』という理念があります。社会連携を軸としてジェンダーの課題にも興味を覚えるようになり、WEリーグの仕事を前向きに考えるようになりました。
Jリーグチェアマンの野々村芳和さんからは、『すごく大変だと思うよ』というお話をいただきました(笑)。でも、本当に大変な状況のなかで、WEリーグから必要だと言ってもらえ、仕事ができる。もし、うまくいかなくても私には失うものがない、サッカー界にいられなくなっても良いと思えたので、私なりの覚悟をして引き受けました」
――チェアといえば、リーグの代表。大きなチャレンジですね。
「野々村チェアマンを見て、チェアの仕事が大変なのはわかっていました。同時に長崎でサッカークラブの社長として、全体をみる仕事をしていたのですが、Jリーグの理事になってからは担当分野を主に見ていたので、全体に対して、何もできていないのではないかというもどかしさみたいなものも感じていました。WEリーグは組織としてはコンパクトですし、全体を見渡して仕事をすることで変えていける要素も多く、やりがいをさらに感じられると思えました」
――WEリーグは全国11クラブでスタートし、秋から春にかけてリーグ戦が行われていますが、初年度はコロナ禍だったこともあり、入場者数はあまり伸びませんでした。その他にも課題はまだ多くありますよね。
「そうですね。WEリーグの一番の問題は稼げていないことだと思います。お金を払ってでも見に行きたいというサポーター、支援したいという企業を獲得できていないのが現実です。でも、私はWEリーグには十分に魅力があると思うので、それを伝えきれていないからだと考えています」
日本のジェンダーギャップ指数の低さ、その空気がもたらす現実
――髙田さんが感じるWEリーグの魅力とは?
「女子サッカーの魅力とWEリーグの魅力は違います。確かに、男子に比べたら、女子サッカーはつまらないよねと思っている方は一定数いると思います。でも、そういう概念を変えられる可能性を秘めているのがWEリーグです」
――日本ではサッカーが男子のスポーツとして始まっているからか、同じ広さのピッチでプレーするのが大変そうだ、という声はありますよね。
「でもWEリーグの上位チームの試合を見ていると本当に面白いですよ。ピッチの広さを感じさせない試合内容ですから。それから、とても魅力的な選手が多いのも特長だと思います。カッコ良い選手もいますし、オシャレでモデルのような選手もいますし、個性的でキュートな選手も多いです」
――自信にあふれている姿は輝いていますよね。
「そうなのです。また、心が男性という選手もいます。ジェンダーを超えたところで本当にカッコイイと思えます。そういう意味でWEリーグのコミュニティ自体が、多様性社会の象徴だと感じています。この魅力をたくさんの方に見て知ってもらい、いいねと言ってもらえれば、リーグが理念で掲げている多様性社会への貢献ができると思います。社会や企業の皆さんからそういう価値を感じて、支援していただきたいですね」
――女子サッカーは世界的に見ても、アメリカにしかプロリーグがないという時代が長く続きましたが、近年はヨーロッパ各国でもプロリーグが誕生し、男子同様にUEFAチャンピオンズリーグが高い注目を集め、2022年にはFCバルセロナのホーム試合で9万人を越える試合が続きました。
「女子サッカーは世界的にはまだマイノリティなため、各国のリーグが連携をして、ともに成長しようという気運があります。WEリーグもスペインやアメリカ、イングランドなどで、勉強会をさせて頂いたり、意見交換をしたりする機会があります。欧米各国では、クラブや投資家が女子サッカーに可能性を感じて投資をしているので、日本とは大きく違いますね」
――ヨーロッパでは、ひとつのクラブに様々な競技のチームがあり、男子サッカー界では強豪といわれるクラブでは、女子サッカーチームの強化も進んでいますね。
「たとえばバルセロナも、クラブとして女子サッカーに投資しています。だからこそあれだけの集客ができた。でも、将来的には女子サッカーチームが自立をして、自らが稼げるようになると、女子サッカーの可能性を信じているからだと思います。そこには、女子チームも対等にやっていかなくてはいけないという考えがベースにあります。
しかし、日本の現実は、女子サッカーは稼げないのだから、身の丈に応じた試合をしましょうという考えが多いと思います。でも、このままでは、世界から置いていかれるという危機感は大きいですね。だからこそ、私たちがきちんとプロリーグとして、成り立つように、いろんな人を巻き込んでいかないといけないと痛感しています」
――欧米では、女子サッカーというスポーツをフラットに楽しむ人が多いように感じます。ジェンダーギャップを感じますか?
「WEリーグでも日本のジェンダーギャップ指数が低いという社会課題に対して、貢献したいという理念がありますが、その影響を受けているのが現在のWEリーグの状態だとも感じます。ただ、この空気を覆すのは並大抵のことではないとも思っています」
――WEリーグでは、子育てをする選手など、女性の働き方に対してのメッセージを数多く発信してきた記憶があります。働き方改革も課題ですね。
「WEリーグでは、社会課題に対して、話し合うイベントなども実施をしているのですが、そのなかで、『女の子って自己肯定感が低いのはなぜだろう』と議論をしていると、『じゃあ、男性は自己肯定感が高いのか』というと、そういうことではなくて、日本社会全体の空気が性別に関係なく、自己肯定感を低くする原因なのではないかという話になりました。
女性が生きやすい社会になると、男性も生きやすくなるという話はよく出てきますが、表立った話題にはなりにくい。そういうことを明らかにすることも私たちにはできるのではないかと思います。ただ、これは本当に深いテーマなので、容易に『女性の活躍社会に貢献しよう』と言っても響きません。私たち自身が真剣に議論して、発信していかないと、すごく表面的なことだと思われてしまいます」
Jリーグのような地域密着型だけでなく、全国規模で愛されるWEリーグに
――WEリーグのチェアに就任されて、まずは人事面に着手されたと伺いました。
「はい。2020年に設立されたWEリーグは日本サッカー協会や電通などからの出向の方を中心にスタートしました。プロパーの職員がいなかったので、『私はWEリーグの人間です』と言える人がいなかったのと、少ない人数で仕事をまわしているという状況も改善したいと思いました。2022年9月末の就任後、新規採用などを行い、やっとチームらしくなったのは、今年に入ってからです。
そこまではマイナスを埋めることをやってきたので、正直、外向きには何も変化を起こせていなかったと感じています。だから、『WEリーグをどうするのか』とずっと言われてきましたが、やっと仲間ができ、これをやりたい、あれをやるべきだというのを、チームに分けて進めていくことができるようになったので、これからは変化を見ていただけるようになっていくと思います」
――2シーズン目の開幕前に髙田さんはご自身のテーマとして「魅せる」を掲げていました。
「そうなるように全力を尽くしています。まだまだ、毎日綱渡りをしているような感覚もありますし、驚くことも次々に起こりますが、WEリーグの魅力を発信することで、スポンサーやサポーターの方、お金を払おうという人たちに想いを届けることが大切です。時間はかかるとは思いますが、今よりかは見えて来るはずだと信じています」
――WEリーグをどのようなリーグにしたいですか?
「Jリーグは地域密着を掲げて、全国に60のクラブがあり、それぞれの地域でとても愛されています。その集合体として日本を元気にしているリーグです。けれど、WEリーグはJリーグのようになることを目指しているわけではないです」
――同じプロリーグでも違うと。
「そうですね。WEリーグの場合はチームによる地域密着だけでなく、全国にWEリーグ全体のファンがいるような状況になればいいなと考えています」
――かつてのプロ野球のようですね。
「そうかもしれません。全国の方々が『この人たちに魅かれちゃう』という風になればと。宝塚(歌劇団)や乃木坂46というようなイメージです。地域に関係なく、老若男女が応援したくなる、そういうコンテンツになっていけるのではないかと思っていて、そのためのブランディングを考えていますし、協業できる人たちを探していきたいと思っています」
続く