「アート」とひと口に言ってもその幅は広く、過去、現在、未来と続く、非常に奥深い世界だ。各界で活躍する仕事人たちはアートとともに生きることでいったい何を感じ、何を得ているのか。今回は、IT分野で活躍し、アートコレクターでもある竹内真氏の想いに迫る。【特集 アート2023】
王道を攻めれば、何事もプリミティブになる
レストランのドアを開けると大きなアブストラクトペイント。1枚の絵が外の大気と室内の空気を明確に区別する。ジャンヌレの椅子と、なぜか豚が絵を見ている絵があり、その小ささと色の淡さが愛おしい。
ここ、西麻布のイタリアンレストラン「ISSEI YUASA」を経営するのは、IT分野で活躍し、レストランビジネスでも注目を集める竹内真氏だ。アートコレクターでもあり、美術品を店にかける大切さを知っている。
「いい美術品を飾ると、例えばカトラリーが真っ直ぐに並べられる確率が上がる気がします。きれいなものを見ると、きれいにしたくなる。椅子も整えたくなるんです。数字やロジックで解決できないアートの世界が何か効果を及ぼすのでしょう」
テクノロジーやビジネスというロジックの世界で生きてきた竹内氏だからこそ、それとは真逆ともいえるアートの力を敏感に感じ取れたのだろう。そもそもアートとの関係性はどのように生まれたのか。
「単純に自宅に絵を飾ってみたいと思ったんです。会社を売却した直後の頃で、相場も知らないのに。何がいいかなと考えて、モネが思い浮かびました。調べたら、男の子を描いた素描(そびょう)がオークションに出ていたんですが、結局、予想落札価格を遥かに超えて落札されて。なかなか買えないものなんだな、と痛感しました。知識もあまりないまま、ピカソの版画やセラミックに出合って購入したのが始まりです」
アートバーゼル香港のようなアートフェアやギャラリーに行くようになり早6年。現代アートを知るなかで、最も影響を受けたアーティストとは。
「ゲルハルト・リヒターとイヴ・クラインですね。リヒターの写真にペインティングしていくオイル オン フォトは彼が描いていくとそこに景色ができる。抽象のようでいて具象になっていることが驚きでした。
また、イヴ・クラインのあの青色を見たら、誰もが彼の作品だとわかる。世界の人々を惹きつけるこの魅力は、ビジネスの世界にも通じるもの。誰もが求める王道を極めることは最も難しいと同時に、おのずとプリミティブ(原始的)な発想になるのではないかと」
抽象画は自分の頭の中を見る感覚
ここ最近は、抽象画にも惹かれているようだ。
「一昨年くらいから抽象や、最近はコンセプチュアルなほうに寄っていますね。セシリー・ブラウンが描くのは直線ではないし、曲線のきれいさもないのに、積み上がって整理されている画面の感じがいい。制作年が2004〜2007年って、その時間をかけて1枚の絵を描く。自分の頭のなかで、こういうことだよねって整理するように絵ができていく過程が面白い。見ていて穏やかな気持ちになれます。一方、ジャデ・ファドジュティミはそう穏健ではなくて、僕にとっては仕事の時の自分を映している気がします」
プライベートの空間にアートを飾るように、レストランでもそうありたいと思っている。
「王侯や貴族のいた国では、人が集まる空間にかけるお金の額が違いますよね。経済合理性だけではなし得ないこと。ヨーロッパのレストランやホテルには投資額を百年くらい回収するつもりがないとしか思えないものがある。単純なビジネスの論理だと予算、期間、回収までの一定の短期間での道筋が必要です。そこを超えた文脈で考えれば、経済合理性はないけれど本物の空間をつくれるということ。
私もこのレストランの壁で左官仕事を見せ、よい家具を置き、優れた美術品を飾ろうと思いました。レストランという形で街に点在することで、日本には今までなかった本物の空間を少しでも多くの方に一緒に味わってもらえたらと願っています」
最近購入した作品
ゲルハルト・リヒターのフォト・ペインティング
作り手として尊敬するアーティスト
ドナルド・ジャッド。自身では到達し得ない高みを感じる
衝撃を受けた日本人アーティスト
内藤礼さん。ブレない軸と、洗練の度合いに衝撃
アートコレクションの数
400点ほど
興味があるアートのジャンル
今は抽象系
GRAPES 代表取締役
竹内真/Shin Takeuchi
1978年生まれ。富士ソフトに入社し、主に官公庁や大手通信会社向けのシステム開発に従事。インターネット業界で起業し、ビズリーチの創業準備期に参画。現在はビジョナル取締役CTO、および一般社団法人日本CTO協会理事を務める。