PERSON

2023.03.12

金儲けのために収集したことは一度もない! なぜ、注目のクリエイティヴ集団CEOはアートを買うのか?

「アート」とひと口に言ってもその幅は広く、過去、現在、未来と続く、非常に奥深い世界だ。各界で活躍する仕事人たちはアートとともに生きることでいったい何を感じ、何を得ているのか。今回は、Web、映像、イベント、空間演出などを手がけるZero-TenのCEO・榎本二郎氏の想いに迫る。【特集 アート2023】

榎本二郎氏とお気に入りのアートたち

アートをこよなく愛する気持ちが自ずと伝わる自邸にて。購入したばかりだという磯崎新のシルクスクリーンやお気に入りのアートとともに。榎本氏の後ろ:磯崎新『再び廃墟になったヒロシマ』、榎本氏の前 左から:ジョナス・メカス『Untitled』、アレン・ギンズバーグ『Mother Ghost』、バイロン・キム『Untitled』、イツァール・パトキン『Untitled』

福岡の話題スポットを手がけるZero-TenのCEOが刺激を受けるアートとは

日常がアートに満たされれば、日々の暮らしはもっと豊かになる――。多くのアートフリークが思い描くそんな夢を、ビジネスで実現させるクリエイティヴ集団がいる。Zero-TenのCEO・榎本二郎氏は、ニューヨークで約10年間生活をした後、地元福岡で同社を創業。「アートとエンターテインメントの力で街をもっと面白くする」をミッションに掲げ、総合的なプロデュースを展開する。

事業内容だけを聞けば、ビジネス主義的なコレクターかと思われるかもしれないが、まったくそうではない。そのルーツは幼い頃から芸術に親しんできた環境と行動にあった。

「僕は単純にアートが好き。仕事とプライベートの境目はないけれど、ビジネスでお金につなげようと思って収集したことは一度もないんです」

パブロ・ピカソの『Portrait of Lola』

パブロ・ピカソが10代後半に描いた『Portrait of Lola』。秘められた狂気と妖艶さがにじみ出るよう。

福岡にある自宅のリビングにはアート作品がいたる所に飾られる。未開封の購入品も多数ある中、一番に見せてくれたのは世界的建築家・礒崎新のシルクスクリーンプリント『再び廃墟になったヒロシマ』。2022年に亡くなった磯崎とは幼い頃から交流があり、直接頼みこんで購入したお気に入りなのだとか。

父は地元、福岡きっての総合ディベロッパー・福岡地所を興した榎本一彦氏。大叔父には、地元金融機関の頭取を務めた四島司(ししまつかさ)氏。地元の名士を輩出してきた経営者の家系に生まれた榎本氏は、特に美術に明るかった父・大叔父の影響で、幼少期からアートに触れる機会に恵まれた。

サルバ ドール・ダリのリトグラフが並ぶ階段

榎本氏の自邸の階段。シュルレアリスムを代表する作家サルバドール・ダリのドローイングを中心としたリトグラフが並ぶ。

フランク・ステラの『The Candles』

画家であり彫刻家でもあるフランク・ステラの『The Candles』。

「最初に買った作品は?」という問いの代わりに教えてくれたのは、初めて「選んだ」作品。小学校高学年の頃、父と出かけたギャラリーで目にした、子犬が描かれた銅レリーフ。スープ皿からえさがこぼれる様子を捉えた一枚だ。

「液体(スープ)を固体(銅)で表現しているのが面白いと思った。なめらかなスープの感触が気に入って、何度もなぞっていたのを覚えています」

トニー・マテリ の『Feet(Nectarines)』

トニー・マテリ『Feet(Nectarines)』。福岡市美術館のコレクション展にも出展した。

アメリカやヨーロッパのギャラリーで、これまで数多くの作品と出会ってきた榎本氏。いったい今までどんなアーティストを好み、影響を受けてきたのだろうか。たずねてみると、一番に出てきた名前は、映画監督のフェデリコ・フェリーニ。「苦しみと楽しみを織り交ぜた作風に影響を受けました」

あらゆるジャンルのアートが感性を刺激する。最近は、メッセージ性の強い作品を選ぶことが多いと言う。例えば、リビングにあるアメリカの現代作家タイタス・カファーの絵画。人種差別など歴史的な苦難を題材に扱う作家で、テーマは決して軽くはない。それでもこの作品をそばに置くのには理由があった。

「精神的に落ちこんだ時に出会い、購入しました。心の底から『欲しい』と思ったのは、この作品が初めてかもしれません」

タイタス・カファーの作品『The Redaction』(左)と『The Redaction(Freedom Plaintiffs#2)』(右)

リビングに飾られたタイタス・カファーの作品『The Redaction』(左)と『The Redaction(Freedom Plaintiffs#2)』(右)。

海外の作家がコレクションの多くを占めるなか、唯一の例外が磯崎の作品だ。『再び廃墟になったヒロシマ』には、同氏が幼い頃に見た戦後の風景が描かれている。

「天才の脳内が具現化されている点だけでも興味深い。加えて、建築家でありながら、何もない荒野からその人生が始まったという逆説的なコンテクストにも惹かれたんです」

アンディ・ウォーホル『マリリン・モンロー』

オーディオのそばで存在感を放つのは、アンディ・ウォーホル『マリリン・モンロー』。

アンディ・ウォーホルの『Steven』(左)と『Portrait of a Man』(右)

ウォーホルのパーソナリティを垣間見る希少なドローイング『Steven』(左)、『Portrait of a Man』(右)。

アートは文化。文化は、守られるべきもの

背景や文脈を意味する「コンテクスト」というキーワードは街づくりにも欠かせない。福岡市・綱場町(つなばまち)で建設中のビジネスビルには、ドイツ・ベルリンで活動する、ドナ・フアンカの作品がインストールされる予定だ。

「博多祇園山笠ゆかりの綱場町は、伝統的で雄々しい“土地の記憶”がある場所です。そこに敢えて個性的でプリミティブな作風の女性現代作家の作品を置くことで、“化学反応”を見てみたいと思いました」

2021年に竣工した「天神ビジネスセンター」には、フランスのコンセプチュアルアートの巨匠ダニエル・ビュランによる2作品をインストール。制作を依頼するにあたってはパリまで自ら赴き、ビュランとじっくり対話を重ねて唯一無二の空間を創り上げた。

ダニエル・ビュランの『Light & Color, work in situ』

Zero-Tenが手がけた「天神ビジネスセンター」(福岡市天神)にインストールされたダニエル・ビュランの作品。パリ的な抜け感が。作品名は『Light&Color, work in situ』。

ダニエル・ビュランの『HG6 Alto Re lieve』

ダニエル・ビュラン『HG6 Alto Re lieve』。

福岡市内で展開するコワーキングスペースでもアート作品が彩を添える。人の目に触れてこそアートが生きると、榎本氏は考えているのだ。

ノレッジ・ベネットの『Cojones Prince Gold』

コワーキングスペース「The Company」福岡PARCO店にはノレッジ・ベネットの『Cojones Prince Gold』。

ノレッジ・ベネットの『ShareACoke(Basquiat)』

ノレッジ・ベネット『ShareACoke(Basquiat)』。

「アートは文化。文化は守られるもの。だから、アートも守り続けていきたい。よい作品は時間を経ても、長くその土地に息づいていく力があるから」

その言葉には限りなく純粋なアートへの想いと、自身の宿命への覚悟が含まれていた。

「でも、僕はまだまだ中途半端で、芯のないコレクター。いつかはアートにどっぷり身を浸したいけど、それは遠い将来の願い。もっと勉強して、知識をつけておきたいですね」

榎本氏がこれから実現していくアートと都市の化学反応が、世界から注目を集める日はそう遠くはなさそうだ。

一流の作品に出会えるパブリックスペース

ナム・ ジュン・パイクの作品

「TheCompany」キャナルシティ博多前店に飾られる作品はビデオ・アートの開拓者ナム・ジュン・パイクのもの。

キキ・スミスの作品

ドイツ生まれの現代アーティスト、キキ・スミスの作品。

Zero-Tenが手がけるエンタメの新拠点

フランシス・ベーコンの『Se ated Figure』

福岡市・住吉に2022年12月にオープンした食とエンターテインメントを融合した複合施設「010 BUILDING」。バーテンダー世界チャンピオンでもある金子道人氏がプロデュースする2階のバー「BAR 010」の空間を知的に彩るのは、イギリス人画家フランシス・ベーコン『Se ated Figure』の希少なリトグラフ。

アラン・ラスの作品

世界トップクラスのショーを体感できる「THEATER 010」の客席にさり気なく飾られるアートにも注目を。3階にある作品のうちの1点は、米国人彫刻家アラン・ラスの作品。

ロバート・ロンゴのシルクスクリーン

「THEATER 010」のステージ左手に潜むのは、ブルックリン出身のペインティングアーティストであり、映画監督のロバート・ロンゴのシルクスクリーン。

 
【Collector’s File】
作品はどこで購入するのか
海外のギャラリー
最初に作品を選んだ年齢
小学生高学年頃
所蔵作品総数
200点以上? 細かく数えると1,000点以上あるかも
影響を受けたアーティスト
フェデリコ・フェリーニ。国内では建築家の磯崎新
次に狙うのは
ドナ・フアンカの作品
ビル・マックのジィエイムズ・ディーンのボンド・ブロンズ彫刻作品

自宅に飾っているアメリカの彫刻家ビル・マックによる、ジィエイムズ・ディーンのボンド・ブロンズ彫刻作品。

Zero-Ten CEO
榎本二郎/Jiro Enomoto

1978年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部からニューヨーク工科大学に編入。制作活動を続けながら約10年間ニューヨークに滞在する。2011年、福岡市でZero-Ten創業。Web、映像、イベント、空間演出などを手がけている。

▶︎▶︎画像だけをまとめて見る【榎本二郎氏の貴重なアートコレクションを一挙公開!】

【特集 アート2023】

TEXT=安永真由

PHOTOGRAPH=林田大輔

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