日本サッカー史上初めて4大会連続ワールドカップ出場を目指す、長友佑都。数々の批判を受けながらも重圧に負けず、それをエネルギーに変換していく、彼のメンタルタフネスの極意とは。2022年11月に上梓した『[メンタルモンスター]になる』より一部抜粋してお届けする。第3回。
打破するきっかけは、時間軸で考え直すこと
カタールワールドカップに向けた戦いを振り返ると、僕は常に「重圧」や「批判」を心に抱えていた。
それを助けてくれたのはいつも「成長を願う心」だった。
ただ、「心」があっても体が動かないとき、どうしようもない状況に陥るときはある。
僕はそういうときのために、今の自分と未来の自分、いつも2つの視点を持つことを心掛けている。
それが「シーン」と「ストーリー」で自分の人生を捉えるという考え方だ。
ガラタサライでプレーをしている頃、実績はあるが、なかなか試合に出られずにいた選手がいた。あるとき、その選手がこう言った。
「俺は試合に出られていないけど、給料をしっかりもらえているからいいんだ」
ガラタサライはトルコの中では超名門で、勝利が義務付けられているクラブだ。所属している選手もビッグネームが揃っている。
例えば、僕が一緒にプレーしたのは、コロンビア代表のFWラダメル・ファルカオ、ウルグアイ代表のGKフェルナンド・ムスレラ、セビージャで活躍したブラジル出身のマリアーノ(・フェレイラ)、リバプールなどでプレーしたオランダ代表のライアン・バベル……。
その言葉を口にした選手は、確かに高給で、試合に出なくても生活に不自由はないのかもしれない。でも、僕は彼にはっきりと伝えた。
「それは違うと思うよ。試合に出られない今はそういうことを言いたくなるだろうけど、給料はクラブがそれだけ君を評価したということ。それに応えられるように頑張ろう。見返そうよ」
昔の僕だったら、こんな言葉は出てこなかった。
このとき僕は、クオーレという自分の会社を立ち上げたばかりで、選手をしながら「社長業」にも携わっていた。
一緒に働いている人たちがどんなことを考えているのか想像することが増えたし、トップに立つ人間が、どんな気持ちが働き行動しているのか、わかり始めていた。
だから、ガラタサライというクラブや監督がその選手に期待していることは容易に想像がついたし、その選手がつい腐ってしまいそうになる気持ちも痛いほどわかった。
話がちょっと逸れるけど、現役のうちに会社を経営する、と言うと決まって批判的な反応をされることがある。だいたいは「選手に集中しろ」といったものだけど、僕自身はサッカー選手ファーストを貫き、成長し続けるために、ほかのジャンルの役回りにも挑戦したいと考えるタイプだ。
実際、このときのように、いろいろな視点を手にできるようになった。
話を戻すと、どうしようもないこと、きついことも、時間軸で考え直せば、打破するきっかけになる。その時間軸が「シーン」と「ストーリー」である。
人生には、「今はわからなくても、後々わかるようになること」がある。
シーンは、目の前に起きていること、直面している現実だ。どうしようもないこと、苦しいことそのものと言っていい。
そのシーンの連続していったものが「ストーリー」となる。苦しいことはどうやって起きたか、その先にどうなっていくのか。
歳を重ねるにつれ、自分の頭の中でストーリーを描く力が、どんどん上達していった。
「こういうことが起きれば、こうなるな」というものが見えてくるのだ。
だから目の前に起きている大変なシーン、これまでさんざん語ってきた「批判」も「こうすれば好転する」「ああやってしまえば悪化する」といったように、長い時間軸で、ストーリーで考えるクセがつくようになった。
その考え方は、僕に前進する勇気をくれた。
よくサッカーにおいてピッチを俯瞰できることが大事だ、と言われるけど、人生も同じだ。鳥が僕たち人間の世界を見ているような視点で、人生を見ていく。
そうすると、今は大変だけれど、その先にある幸せを想像できたり、問題を回避することができるようになるわけだ。
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Yuto Nagatomo
1986年9月12日生まれ。明治大学在学中の2006年に選出された全日本大学選抜にて注目を集め、プロ1年目となる'08年にはFC東京でJリーグ優秀選手賞と優秀新人賞をダブル受賞。'10年6月南アフリカで開催されたFIFAワールドカップ大会後、7月からイタリア1部リーグ(セリエA)のチェゼーナに移籍。その後'11年1月、ミラノに本拠地を置くインテル・ミラノへの移籍が決まり、日本だけでなく世界のサッカーファンに衝撃を与える。'18年にロシアで開催されたワールドカップでは、3大会連続となる日本代表メンバーに選出され、全4試合にフル出場し、チームの決勝トーナメント進出に貢献。その後、ガラタサライやオリンピック・マルセイユといった世界的名門クラブを渡り歩いた後、'21年、FC東京に復帰。