師匠か、恩師か、はたまた一生のライバルか。相思相愛ならぬ「相師相愛」ともいえるふたりの姿を紹介する連載「相師相愛」。その貴重な対談の数々をまとめて振り返る。※2020年5月号、2021年4月号掲載記事を再編。固有名詞や肩書き、年齢等のデータは掲載時のまま
「マエストロと棋士」羽生善治×小林研一郎 対談
20歳の頃、人生で初めてお会いした指揮者が小林先生でした。音楽の世界で大変有名な方ですが、将棋がお好きでお強い、という話を聞いていて、それから雑誌の対談などでお会いする機会をいただくようになりました。
一度、就位式で祝辞を頂戴したことがあったんですが、なんとサプライズでピアノを弾いてくださったんです。関係者がお願いしたようなのですが、なんとも畏れ多いことを先生は快くお引き受けくださって。その時、なんと歌まで披露してもらえたんです。私も感激しましたし、おいでくださった方々にも千載一遇の幸運をいただいたと感謝しています。
小林先生の古希のお祝いに参加した際、周囲の皆さんから先生がいかに尊敬され、慕われているかがよくわかりました。何度もコンサートを見させていただいていますが、全身全霊で音楽に向き合っている姿を見るだけで、自分自身も奮い立ちます。今後もご無理なくご活躍くださる姿を見ていたいです。
炎のマエストロと言われる情熱的な指揮ですが、私は見ていて、まるで何かと対話をされているような印象を受けていました。一方で、まるで聖徳太子のように、たくさんの楽器の音を聞き分けて、ひとつの音楽を作り上げていかれる。とても人間業とは思えません。
「元Jリーガーと現役COO」村中悠介×立石敬之 対談
DMM.com COO 村中悠介が語る、立石敬之
日本のサッカーのためにヨーロッパに拠点をつくる。チームのオーナーになる。そんな構想を提案してくださったのが、立石さんでした。日本企業が海外のスポーツクラブを持つなんて、仰天の発想ですよね。でも、どうやって利益を追求してやっていくかも考えておられて。初めて話をした時、サッカー関係者というより企業経営者と話しているみたいでした。
それからすぐにヨーロッパに何度も飛んで、代理人を探し、会計事務所に収益構造を聞き、クラブとも交渉し、ベルギーのチームに絞りこんだのは1年後。ここまでできていないと、最終的な意思決定はできないんですよ。でも、やりたかった。これも立石さんが、いけると思わせてくれたからです。
そして実際に有言実行されるわけです。数字においてもそうですし、日本人選手がたくさんやってきて実績をあげたこともそう。言われていたとおりになったのは、本当にすごい、と思います。早くまたベルギーに行きたいです。
立石さんと出会ってから、サッカーの見方は、すっかり変わりましたね。ニュースに出てくる話の裏側を聞けたのも勉強になった。これは他のヨーロッパの国もそうですが、ベルギーリーグは半分くらいが、外資がオーナーになっています。国を越えて、サッカーをビジネスとして捉えている人が増えているんです。特にアジアの企業。そしてDMMも、その一員になれた。