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2022.04.15

東京五輪2冠に輝いた大橋悠依の栄光、挫折、対立、葛藤──連載「コロナ禍のアスリート」

まだまだ先行きが見えない日々のなかでアスリートはどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う連載「コロナ禍のアスリート」から、大橋悠依の戦いをまとめて振り返る。※2021年掲載記事を再編

競泳日本女子エース格! 大橋悠依の東京五輪ロード

©YUTAKA/AFLO

5年前とは風景が一変した。競泳の東京五輪日本代表選考会を兼ねる日本選手権が4月3~10日に東京アクアティクスセンターで開催される。五輪代表入りには決勝レースで日本水連が定める派遣標準記録を突破して2位以内に入ることが条件。200mと400mの個人メドレーに出場する大橋悠依(25=イトマン東進)は「派遣標準記録には正直、余裕があるので、普段通りのことをやれば切れると思う。しっかり五輪本番を想定してレースをすることが大事になる」と世界を見据えている。

日本女子のエース格だが、五輪出場経験はない。滋賀県で過ごした中学、高校時代は目立った成績はなく、東洋大進学後も左膝の脱臼や重度の貧血に悩まされた。大学2年時の’15年日本選手権は200m個人メドレーで最下位の40位に低迷。一時は競技から退くことも頭をよぎったが、食生活の改善などで貧血を克服して迎えた翌’16年日本選手権の400m個人メドレーで3位に入った。2位以内に与えられる’16年リオデジャネイロ五輪出場権に迫り「4年後は絶対に五輪に出たい」と東京五輪への想いが芽生えた。

一躍注目を集めたのが’17年日本選手権。400m個人メドレーで日本記録を3秒24も更新して初優勝を果たした。初の世界舞台となった同7月の世界選手権ブダペスト大会では200m個人メドレーで銀メダルを獲得。東京五輪のメダルの有力候補として脚光を浴びた。当時21歳。10代で活躍する選手も多い競泳界で、遅咲きのヒロインが誕生した。

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栄光、挫折、対立、葛藤。東京五輪2冠の大橋悠依が歩む紆余曲折な人生

本人が一番驚いていた。競泳女子の200m、400mの個人メドレーで2冠を達成した大橋悠依(25=イトマン東進)はメダリスト会見で「夢みたいで実感がない。本当に自分がやったことなのかな。びっくりしています」と目を丸くしていた。最初に400mを制した後は号泣したが、続く200mの優勝後には涙はなく笑顔。本来は涙腺が緩いだけに、現実に感情が追いつかなかったのかもしれない。

日本女子の同一大会複数金メダルは夏季五輪初の快挙。競泳では男子平泳ぎで2004年アテネ、’08年北京で2大会連続2冠の北島康介以来だった。’13年9月に東京が開催地に決まった時は高校3年で目立った成績はなし。「ボランティアやトレーナーなど何らかの形で関われればいいな」と考えていた遅咲きのスイマーが歴史に名を刻んだ。

開幕7ヵ月前は危機的状況に陥っていた。昨年12月の日本選手権を欠場。表向きは「体調不良」と説明されたが、実は平井伯昌コーチ(58)との関係悪化が本当の理由だった。海外遠征から帰国後の11月下旬に練習方針を巡り、意見が対立。激しい口論となり、信頼関係に亀裂が入った。

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TEXT=木本新也

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