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2022.02.26

元女王の気品漂う小平奈緒はどこまでも配慮の人だった──連載「コロナ禍のアスリート」Vol.46

まだまだ先行きが見えない日々のなかでアスリートはどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「コロナ禍のアスリート」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。

写真:日刊スポーツ/アフロ

悲しい姿を見せると同じく悲しくなる方がいる

頂点を知る者の美しい所作だった。北京五輪スピードスケート女子1000mの全レース終了直後。10位に終わった小平奈緒(35=相沢病院)は高木美帆(27=日体大職)の金メダル決定の瞬間、一度は静かに勝者から離れた。新女王が銀のユッタ・レールダム(オランダ)、銅のブリタニー・ボウ(米国)と健闘を称え合うのを待ってから、歩み寄って抱擁を交わした。メダリスト3選手による歓喜の共演に割って入らない、配慮のように映った。

「奇跡を望んでいた部分もあったけど、五輪はそんなに甘い舞台ではない。成し遂げることはできなかったが、自分なりにやり遂げることはできた。不格好な作品になったけど、(苦難を)乗り越える姿を見せる滑りはできたのかな」

自身4度目の五輪は厳しい結果となった。冬季五輪の日本女子初の連覇を狙った13日の女子500mでまさかの17位。スタート直後の1歩目の左足が氷に引っかかり出遅れると、得意のコーナーでもスピードに乗れなかった。会場には'18年平昌五輪女子500m銀メダリストで'19年に現役を引退した李相花(イ・サンファ=韓国)さんも韓国国営テレビ局KBSの解説者として来場。'10年バンクーバー、'14年ソチを連覇した韓国の英雄は公私で親交の深い小平のレースを見届け、放送席で号泣した。

小平は「一歩目の左脚が引っかかってしまって、その後立て直せなかった。自分のスケートがどんどん離れていく感覚で、やりたい表現ができなかった。相花はレース前からメールを送り続けてくれて心強かった。相花が2連覇した時のようには、うまくいかなかった」と唇をかんだ。

500mの4日後に行われた前回銀メダルの女子1000mでも立て直せなかった。表彰台どころか入賞も逃したが、レース後は小さく手を叩いた。

「悲しい姿を見せると同じく悲しくなる方がいると思う。自分自身もここまで挑戦してきたことを納得したい。周りの皆さんにも同じような気持ちで五輪を締めくくってほしいなという思いがあり胸元で拍手しました」

まったく滑れない状況で北京入り。絶望的な日々だった

出場全2種目を終えた後の取材エリア。小平は「終わるまでは言えなかったんですけど…」と切り出した。

「1月に右の足首を捻挫して1週間氷から離れた。その後1週間はスケート靴を履いたけど、まったく滑れない状況で北京に入った。自分の中でかなり絶望的な日々でした」

拠点を置く長野市が大雪に見舞われた1月中旬。練習に向かう途中で足を滑らせて負傷した。十分な滑り込みができないまま、同29日に北京入り。本番会場での初練習後に氷の感触を問われた際は「最初のあいさつとしてはうまくできたかな」と明るい表情を見せていたが、裏では大きな不安を抱えていた。

右脚の踏ん張りが利かないため、北京入り後は本来とは逆の左脚を後ろにして構えるスタートを模索。思うように飛び出せない中、5日に行われた記録会でわずかな光明が差した。

「トライアルの日に、たまたま男子のスタートを見ていて、“このスタートなら右で構えられるかもしれない”と思った」

突貫工事で右脚を後ろにする構えをつくり本番を迎えたが、急造スタートが通用するほど甘い舞台ではなかった。ケガにも泣いたが、連戦連勝で迎えた4年前とは立場が違った。'18~19年シーズンに右股関節痛を発症し、一時は片足でかがめないまで悪化。'19年2月の世界距離別選手権で2位に終わり、2年11カ月続いた女子500mの国内外での連勝が37で止まった。'19~20年には股関節痛が左に移行。11月下旬から12月中旬に氷上を離れ、股関節を改善する陸上トレに専念した。何とか五輪シーズンに間に合わせたが、今季W杯の500mは8戦中、優勝1回、2位4回、3位1回。4回優勝したエリン・ジャクソン(米国)に力の差を見せられていた。

「圧倒的な力があれば(足首捻挫があっても)戦えていたのかなと思う。間に合わないと思ったけど、しっかりスタートラインに立ってゴールはできた。足首以外にも使えるところはたくさんあるので、全身を使って滑ることができた」

アクシデントに見舞われた中、最大限できることはやった。女子1000mを終えた翌日、小平は自身のSNSに「カタチには何も残らない五輪でしたが、この先もそよ風のように“あ、今の風心地よかったな”と思っていただける存在でいられたら幸いです」と綴った。

冒頭に記した女子1000mのメダリストたちに敬意を示す姿には、まさに、そよ風のような心地よさがあった。表彰台に立てなくても小平奈緒は元女王の気品にあふれていた。

TEXT=木本新也

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