12月15日、第二弾のセルフカバーアルバム『フル盤』をリリースしたウルフルズ。ところが、アレンジはほぼオリジナルのまま。歌も演奏もオリジナルを意識している。そしてセルフカバーなのに、曲ができた当時の衝動はいささかも衰えていない。「好きな曲ばかりなので、楽しい気持ちのままレコーディングしました」――。そう語るボーカルのトータス松本には、音楽を人生そのものと思えるようになったニューヨークでの体験があった。
デビューから30年経っても失われない衝動
あれっ? ウルフルズが12月にリリースしたセルフカバーアルバム『フル盤』を聴いて、自分の耳を疑ったリスナーは多かったのではないか。
世の多くのセルフカバーアルバムは、初出のオリジナル曲とは別アレンジになっている。アップテンポの曲をバラードにしたり、楽器の数を増やしたり。しかし『フル盤』の曲は、オリジナルとほとんど同じテイスト。8月にリリースしたセルフカバー第一弾『ウル盤』も同様だ。
「セルフカバーってアレンジを変えて新鮮味を持たせたり、テンポをぐっと落として静かめにしたり、そういうのが多いじゃないですか。でも、それだと聴く側は嬉しくないと思うんです」
確かに、大好きな曲が別のイントロで流れるとがっかりする。音楽は初めて聴いた時の感激や状況とセットで脳に格納されているので、アレンジが変わると感激も薄れてしまう。
「それでオリジナルを“再演”しました。今の声で、今演奏する楽器で、今の実力で、当時の演奏をできるだけ再現しようと決めたんですよ。でも、そっくりにやろうとしてもどうしても変わってしまう。今の僕たちは、かつての僕たちではないので」
代表曲のひとつ、「暴れだす」は美しいピアノのリフに絡むプリミティブなギターが魅力だ。それでも、オリジナルと『フル盤』ではそのギターのアプローチが微妙に違う。
「オリジナルとまったく同じにはなっていませんが、それがむしろいい効果を生んでいるんじゃないかな」
アルバム制作の過程において、自分たちの曲ではあるが新発見がたくさんあったそうだ。
「昔のレコーディングのことって結構忘れていて。メンバーで試行錯誤を重ねて当時のことを振り返っていくなかで、新しい音が生まれた曲もありました」
このアルバムのすごさは、セルフカバーなのに、20年前、30年前の頃の衝動がいささかも失われていないことにある。
「それは、僕たちもとても大切にしています。最初にやった時の気持ちのままやれるか、を聴いてもらうセルフカバーです。レコーディングはとても楽しかったですよ。自分が作った曲でも好きになれない曲とかあるんですが、そういうのは外して好きな曲ばかり選んだので。だからこそ、当時の衝動まで含めて再演できたんだと思います」
このアルバムを聴いていると、ウルフルズがいかに音楽が好きで楽しんでいるかが、リアルに伝わってくる。
「50代になって、音楽と自分の人生が重なるようになってきているかもしれません」
いつか正々堂々とアポロ・シアターで歌いたい
“音楽=人生”という意味で、トータス松本にとっての印象深い体験のひとつが、とあるテレビ番組の企画で訪れたニューヨークでの数日間のことだった。
ロケは30代半ばの頃。マンハッタンの街・ハーレムで地元のミュージシャンたちと交流し、西125丁目にある“音楽の殿堂”アポロ・シアターで歌った。
「シンガーとしての心構えが、自分とは違う」
ローカルシンガーたちと話して身に染みた。なぜ音楽をやっているの? というトータス松本の質問に、彼らは異口同音にこう答えたのだ。
「Music is my life!」
気取っているのだと思った。
「ところが、だれもが口にするんです。音楽は生きがい、音楽は人生そのもの、と。神様なのか、運命なのか、何かに導かれて歌っていると言うんですよ」
トータス松本は自分にも問うた。なぜ音楽をやっているのか? と。
「音楽は人生、なんて言えませんでした。照れくささもあったし、金儲けのためだとでも答えたほうが、気楽に思えて。心のなかに逃げがあったのでしょう」
ローカルシンガーのなかには、ARCゴスペル・クワイアのメンバーもいた。“ARC”とは薬物依存症更生施設のことだ。
「そのおばちゃんたち、すごく顔色が悪くて、今にも崩れ落ちそうな教会で歌っていてね。歌もあまりうまくないんだけど、すごく胸を打つんです。なかには更生できずに、また薬物をやってしまう人もいるかもしれない。でも、みんな全力で歌っていて、音楽に人生を救われたと信じている。だから、歌が胸に響いたんでしょうね」
アポロ・シアターでは、アマチュアナイトのインターバルに「Japanese most famous singer!」と紹介されて歌った。
「社交辞令の拍手だけで、ブーイングはありませんでした」
アポロのアマチュアナイトは、客席から激しいブーイングがあると、袖からピエロが登場して退場させられるルールだ。そのブーイングは、アポロ・シアターの名物としても知られている。
「テレビ収録で行っているだけだから、全部が中途半端な感じで。だからブーイングも何もないシチュエーションに、すごくへこみましてね。ホテルの部屋でブリトーをかじってふて寝したのを覚えています」
ニューヨークではリスペクトするシンガー、ボビー・ウーマックにも会った。
「ボビー・ウーマックは、クエンティン・タランティーノの映画『ジャッキー・ブラウン』のテーマ曲にも使われていた『110番街交差点』が好きで。ところが、実際彼自身は、ニューヨーク在住でもニューヨーク出身でもなくて(笑)。それなのにニューヨークを舞台にした音楽をやってしまう感覚は、どこかショービズ的で好感を持ちましたけれど」
思うことの多いニューヨークロケになった。
「テレビ番組の後ろ盾とかなく、いつか正々堂々とアポロで歌いたい、リベンジしたいという気持ちにはなりましたね」
ARCゴスペル・クワイアのメンバーのひとりに、別れ際にこう励まされたという。
「日本に帰って、あんたもいつか、Music is my lifeと言えるようになりなよ」
あの時のおばちゃんの声が、今も耳に残っている。それから20年近くが過ぎ、今、トータス松本にとって音楽とは――。
「間違いなくMy lifeです。自分からは照れくさくてなかなか言えませんけれど(笑)」