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2021.04.09

一流騎手を魅了するMade in Japanの底力【武豊アブミプロジェクト最終回】

ジョッキーにとって、騎乗時に足を踏みかける「アブミ」は極めて重要な仕事道具。しかし、武豊曰く「30年前から何も変わってないし、俺もそんなに気にしたことなかった……」。それが2019年秋、ゴルフクラブブランド「MUQU(ムク)」のアンバサダーとして名古屋の工場を訪れた際に、ふと閃いた! 「そんなに気にしたことはなかったとはいえ、どこかで気にはなっていた。何とかならないかな?」と。現在、右足甲骨折からの復活を目指すレジェンドジョッキーの競馬人生を懸けた一大プロジェクトを「ゲーテ」が独占でお届け。最終回となる第11回は、新アブミで絶好調の川田将雅騎手と武豊騎手の現状について。【軽量化を実現した”武豊モデル”で川田騎手も騎乗!#10

有馬記念終わりに武豊と緊急MTG

2020年12月27日に有馬記念が終わり、例年なら、武豊騎手は1年に1回の休暇を兼ねて年末年始を海外で過ごすはずだった。しかし、コロナ禍の真っ最中で、もちろんそれはかなわず、国内滞在となっていた。

武豊 「年末まで時間あるから、どっかで忘年会を兼ねてアブミの話もしよっか」
筆者 「こういうご時世だからランチにしときましょうか」
武豊 「そういえば! (川田)将雅、使ったぽいよ! 有馬で」
筆者 「えっ? 川田騎手のアブミはまだ完成してませんけど? 何を使ったんですか?」
武豊 「それがさぁ、俺のアルミの黒いヤツを『使っても良いですか?』って言うから、俺のやったけど(笑)、『別にええよ』って。そしたら、どーも有馬で使ったらしいわ!」

有馬記念の翌日、都内ホテルの中華で密を避け、とはいえ忘年会を兼ねており、武豊のマネージャーと3人でランチ。

武豊 「将雅の方のアブミはどう? 上手く進んでる?」
筆者 「まだ角度を決めている段階で、踏み板の形状もまだですし、なかなか(武さんの時のように)会って進められないので、時間だけが過ぎちゃってます」
武豊 「まっ、しょうがないよ。コレばっかりは。俺もリモート取材に慣れたもん(笑)」
筆者 「川田騎手の連絡は年明けでいいですかね?」
武豊 「明日、東京大賞典(大井競馬)も乗るだろうから、まだ俺みたいに休みじゃないしね(笑)。年明けでいいよ、頼むね。とにかく、将雅の思うようにやらしたって」

川田騎手とリモートMTG

2021年1月中旬。前回、樹脂製の角度を着けたバージョンが壊れたため、メーカー(エムエス製作所)の方で、金属製のアブミを溶接で作った。

武豊のステンレスをベースに、踏み板を切って溶接にて角度をつける。

それと同時に、武豊騎手と同じく「親指の付け根が当たって痛い」という改善も施すべく、実際にどこが、どういう風に当たっているのか、を川田騎手から写真で送ってもらった。コロナ禍じゃなければ……と、この繊細なミリ単位の感覚的な部分に、リモート写真でのリレーションに、またもどかしさを感じた。

川田騎手が自宅から自身の足裏に乗せて「アブミをつかむ感じ」と説明してくれた

川田 「まず角度ですが、この金属よりもう少しなくてもいいかな? と思います。コレって10度ですよね?」
筆者 「ハイ、LINEでやり取りしたように15度はキツすぎるから、とりあえず10度ですが、5度とかじゃない感じですか?」
川田 「ここ、微妙なんですよね。10度だと、最後、追ってる時はいいかも知れませんが、普通に騎乗している時は、ちょっと角度がつき過ぎかなと」
筆者 「川田さん、ゴルフ大好きですよね?」
川田 「ハイ(笑)」
筆者:「ドライバーって9度とか10度とかなんですよね。で、真上から見たら、結構フェース面見えますよね? パターで4度とか5度だから」
川田 「なるほど。10度って、じゃあ結構な角度なんですね。では、7度でどうですか?」
筆者 「良いと思います! (笑)」
川田 「何笑ってんですか?(笑)」
筆者 「いや、だって俺、競走馬に乗った事ないし、分かんないもん(笑)」
川田 「決めました! 7度で!」

もう、ここまでくると、正直、誰も分からない。川田騎手も手探りな感じである。1度の角度の違いが、騎乗姿勢時における重心の違いなのか、筋肉の使い方なのか、コンピュータでもシュミレーションはできないだろうから。

筆者 「最終手段ですが、金型を作る前に、1回、最終段階で削り出しを7度で作りますので、そこで、もし”??”ってなったら言って下さい」

カーボンタイプとアルミタイプで、親指付け根の「当たり感」が違うとのこと。

やっぱり有馬記念で使用していた!

ゴルフ談義を挟みつつ、思い出したかのように、ふと川田騎手がこう言った。

川田 「有馬で使ったじゃないですかぁ、僕」
筆者 「そうそう! 聞いてなかったよ(笑)」
川田 「いや、そうなんですよ。僕も使う予定じゃなかったんですが、豊さんから渡された時に、まず、色が黒だしカッコいいし、木馬もあるから試したくなるじゃないですか(笑)。で、試したらスッゴく良くて(笑)」
筆者 「でも、今作ってる川田さんのこだわりって、(武豊モデルには)入ってないですよね?」
川田 「引っ掛かったんです! 今の(カーボンアブミ)より全然しっくりきて、で、僕の今のヤツってガバガバだから。でも、豊さんのはステンレスで試して知ってたし、アーチのサイズ感がぴったりで、それも良かったんですよ」
筆者 「で、いきなり有馬で使ったの?」
川田 「ハイ(笑)」
筆者 「前のカーボンのヤツは使ってないの? 武さんのアルミ製で、自分のができるまで行くの?」
川田 「……(笑)。もうカーボンには戻れないんですよね。でも、アブミって、レース当日にその日に乗る斤量に合わせて検量してるから、1レースしか使えないんですよ(笑)」
筆者 「えっ? じゃあ、その1レース、無茶苦茶シビアじゃないですかぁ!」
川田 「だから、早く自分のが欲しいんですよ(笑)。でも、こんなにアブミで騎乗感覚が変わるとは思いもしませんでした」

川田騎手の喜びの声は、メーカー担当者にも伝えた。日本の競馬界、いや世界の競馬界が、もしかすると、もしかして、アブミ1つで変わるかも知れないと、トップジョッキーの声を聞いているとワクワクする。筆者からアブミを製作しているエムエス製作所の社長・迫田氏へ「もう待った無しですよ!」と、2人して喜び、笑う。

重賞を勝ちまくる川田騎手

いよいよ最終段階。踏み板形状の図面が決まり、2月中旬に川田騎手と電話でMTGをした。

リモートMTGながら、いつも、川田騎手が分かりやすく写真に修正箇所を書き足してくれる。

川田 「小林さん! アブミで重賞勝ちまくってますよ!」
筆者 「例のね(笑)。勝負する1レースで(武豊モデルを)使ってくれてるんですね」
川田 「昨日(京都記念で1番人気1着・ラヴズオンリーユー)もですし、この前は2週連続ですから!」

その後、3月初旬のチューリップ賞も勝ち、目下、重賞4勝と大活躍。さらには、2021年芝のG1初戦・高松宮記念をダノンスマッシュ騎乗で勝利すると、続くG1大阪杯も4番人気レイパパレで優勝。3冠馬コントレイルや、G14勝のグランアレグリアら実力馬を圧倒した。

3月28日、雨の中京競馬場で行われた高松宮記念で、ダノンスマッシュに騎乗して見事に優勝した川田騎手。武豊モデルのアブミを使って大激戦となった春のスプリント王決定戦を制した。©日刊スポーツ/アフロ

筆者 「アブミのおかげ?(笑)」
川田 「そりゃーもう(笑)。アブミですよー。でも、本当に冗談抜きで、(数が足りないから)アブミを週末ごとに持ち歩くなんて考えたこともなかったですし、豊さんモデルではありますが、こんなにアブミが騎乗に影響するなんて……」

本人はそう言うものの、もちろん、レースでの勝利というのは、騎手の腕であり、馬の実力であり、調教師さん、調教助手さん、毎日世話をする厩務員さんなど競馬サークル皆さんのおかげ、であることは間違いない。

削り出し製法により、川田騎手考案の最終形が完成した。

削り出しで作ったアルミ製アブミを破壊検査に出して強度テスト。

18.2KNと十分な強度があると確認された。

4月初旬、アブミ形状の最終確認を削り出しアルミ素材で行った。

川田 「もう完璧です! 本当にありがとうございます! 傾斜の7度もしっくりきますし、親指のあたり感も気にならないです。ここまで長かった(笑)。ですが、本当に皆さんに感謝しかないです!」

もう、嬉しさを通り越して、涙腺が危なかった……。すぐにメーカー(エムエス製作所・迫田社長)に電話した。

迫田 「普段は黒子の下請けメーカーですから、直接、お客様からそんな声を聞けるなんて……」
筆者 「直ぐに技術者さんに、川田騎手の喜びの声を伝えてやって下さいね!」

順調にいけば、4月中旬に破壊検査(強度テスト)をクリアし、金型を作り、そこから2~3ヶ月後、早くいけば夏競馬で「川田モデル」のお披露目となりそうだ。

いつの日か「アブミのおかげで勝てました」そんな日が来ることを信じて

騎手の道具の1つでしかない「アブミ」ではあるが、武豊のひらめきから本プロジェクトは始まった。日本の町工場と一緒に取り組んだ未知なる金属パーツが、競馬界の面白さに寄与し、そして、なにより騎手の安全と安心につながっていってほしいというのが本音である。

3月20日、阪神競馬場10Rで武豊は負傷した。スタート前、ゲート内で馬が暴れ、足の甲を骨折。2日後の22日の月曜日、精密検査を終えた武豊と話をした。

武豊 「ポキッと3本やわぁ(笑)」
筆者 「……」
武豊 「水曜日(24日)に緊急手術やけど、大丈夫よ。アブミが守ってくれた感もあるしね(笑)」
筆者 「ホントですか? アブミが悪さしたとか、アブミ形状で問題があったとか……」
武豊 「いやいや、ガシャーンって当たったけどアブミは曲がってもなかったし、壊れてもなかったから、逆に頑丈さもそうだけど、守ってくれたと思うよ。さすが日本製やな(笑)」

本人は明るく振る舞うも、もちろん、武豊とて生身の人間である。足の甲を骨折しており、歩くのもままならない大怪我である。武豊の人となりから「心配をさせまい」とのニュアンスも含まれていたのだろうが、その言葉をそのまま受け止め「アブミ恩恵があった」と信じたい。

たかがアブミされどアブミ、Made in Japanを侮るなかれ!
【連載完結! 武豊が取り組む「アブミプロジェクト」全軌跡】


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武豊から皆様へ
ジョッキーとして、これまでは市販品を普通に使うのが当たり前でしたが、日本のモノ作りの現場を見て「アブミが作れるんじゃないか?」と。
騎手が世界で初めて監修し、サイズ感もそうですし、「何が重要なのか?」「アブミの目的は何なのか?」ということにこだわり、メーカーの方々とも互いに妥協ない議論を繰り返してきました。
アブミプロジェクトとしてスタートして1年半。今では川田将雅騎手も興味を示すなど、私もそうですが、将雅も「こんなにアブミ1つで追い方が変わったり、騎乗フォームが変わると思わなかった」と実感しております。
近年の日本馬の強さとともに、我々ジョッキーも探究心と向上心を持って、さらなる世界への飛躍に挑戦していきます!

筆者から皆様へ
コロナ禍という事情もあり、断腸の思いで本連載の休止を編集部と決めましたが、この先も武豊アブミプロジェクトは続きます。調教用アブミ、乗馬用アブミなど、武豊氏の頭の中にはアイデアが満載です。不定期ですが、UPします!
騎手が騎乗中に、自分の体重を乗せている唯一の馬具がアブミであり、武豊氏は常々「安心(ちゃんと騎手が監修した馬具)と安全(Made in Japan)がキーワードだね」と話しています。
この先も変わらないコンセプトで作り続けていきます。
最後になりますが、アブミという、完全に競走馬レース向けではありますが、その実物をみたい!と言われることも多く、騎手の方が実際に購入される、今回のアブミを取り扱っている馬具店を紹介しておきます。
時田馬具(兵庫県):0797-71-1764
ウツミ馬具(茨城県):029-885-4545
蒲谷馬具(神奈川県):046-861-4189

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Yutaka Take
1969年京都府生まれ。17歳で騎手デビュー。以来18度の年間最多勝、地方海外含め100勝以上のG1制覇、通算4000勝達成など、数々の伝説的な最多記録を持つ。2005年には、ディープインパクトとのコンビで皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し、史上2例目となる無敗での牡馬3冠を達成。50歳を迎えた2019年も、フェブラリーステークス、菊花賞を制覇。昭和・平成・令和と3元号同一G1制覇を達成した。父は元ジョッキーで調教師も務めた故・武邦彦。弟は元ジョッキーで、現調教師の武幸四郎。

Yuga Kawada
1985年佐賀県生まれ。2004年3月デビュー。’08年の皐月賞をキャプテントゥーレで制覇し、GI初制覇。’11年に自身初の年間100勝を達成。’13年は120勝を挙げ、初のJRA最高勝率を獲得。’16年、日本ダービーをマカヒキで優勝。’21年は高松宮記念、大阪杯と春のG1を連勝するなど絶好調。

Santos Kobayashi
1972年生まれ。アスリートメディアクリエイション代表。大学卒業後、ゴルフ雑誌『ALBA』の編集記者になり『GOLF TODAY』を経て独立。その後、スポーツジャーナリストとして活動し、ゴルフ系週刊誌、月刊誌、スポーツ新聞などに連載・書籍の執筆活動をしながら、映像メディアは、TV朝日の全米OP、全英OPなど海外中継メインに携わる。現在は、スポーツ案件のスタートアッププロデューサー・プランナーをメイン活動に、PXG(JMC Golf)の日本地区の立ち上げ、MUQUゴルフのブランディングプランナーを歴任。

TEXT=サントス小林

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