「相手への礼儀として勝負のたびに新調する」
1972年、“着る眼鏡”をコンセプトに誕生した日本初のファッションとしてのアイウェアブランド、アイヴァン。そのデザイン性と機能性の高さから、著名人や海外セレブにも愛用者が多い。メンズスキンケアブランド「AGICA」を展開するスタジオラインの代表、倉﨑雄介氏もその魅力の虜になったひとりだ。
「30代の時に出合って以来、使い続けています。アイヴァンを好きな理由は、眼鏡としての圧倒的なクオリティの高さ。ハンドメイドで1本1本がきっちりと仕上げられていて、職人の魂が息づいているように思います」
そんなアイヴァンの眼鏡はいつしか倉﨑氏にとって、大きな仕事に挑むたびに必ず購入する勝負アイテムになった。今まで買った眼鏡は、サングラスを含めると20本を超える。
「初めて会う方と仕事をすることも多いので、服装や身につける物については人一倍気を使っていますし、アイヴァンの眼鏡は誠実な印象を相手に与えてくれる気がします。それに、大きな仕事が始まる時に眼鏡を新調するのは、僕なりの礼儀作法なんです」
渋谷の街で野宿をしながら勝機を摑んでいった
礼儀を重んじる倉﨑氏の信条は、波乱に満ちた人生によって培われた。福岡の高校を卒業後、18歳でアパレル業界の会社に就職。だが、そのあまりに過酷な業務に体調を崩して22歳で退職したのち、企業や商品のPRをウェブ上で行う企画・制作会社を立ち上げることに。
「起業したばかりの頃は全然うまくいきませんでしたね。1年目の売り上げは、たったの77万円。そこで思い切って、当時IT業界がかなり盛り上がっていた東京に行って勝負をかけてみることにしたんです。失うものは何もない。お金がなくて渋谷で野宿をしたりしながら、とにかくたくさんの企業に営業をかけて回りました。そこで出会った方々の助けもあって、少しずつお仕事をもらえるようになっていったんです」
転機となったのは、27歳の時。旅行で訪れた沖縄・石垣島のホテルに、とあるスキンケアブランドの商品が置いてあった。その清潔で心地いい香りに感動し、デオドラント製品の開発を思い立つ。
しかし、美容業界はまったくの門外漢で知識もない。自身で勉強を続けながら試行錯誤を繰り返し、2012年に自社ブランドAGICAの販売がスタート。肌の衰えや加齢臭を抑えるメンズ向けのスキンケア商品は評判を呼び、大ヒットとなった。
「AGICAの立ち上げに関しても、本当に多くの人たちにお世話になりました。だからこそ、僕はそういった方々に恩返しがしたい。では恩返しとはいったい何か。それは、AGICAをもっとたくさんのお客様に手に取ってもらえるブランドに育てていくことだと思っています」
だからこそ、倉﨑氏は人との縁を大切にする。それがビジネスを大きくしていくことを、身をもって体験しているからだ。
「今はありがたいことに、昔だったら雲の上の存在だったような人ともお会いする機会が増えてきました。そんな時には、必ずアイヴァンの眼鏡をかけていく。少しでも、誠実な人だと思われたいから(笑)。あとは、最近ではスーツもよく新調するようになりました。今着ているスーツは、南青山1丁目にある『conception』で仕立てたもの。尊敬する経営者の方が愛用しているのを見て、その魅力や世界観に触れてみたいと思ったのが興味を持ったきっかけです。僕にとって眼鏡やスーツは、相手に誠実さを伝える重要なアイテム。だからこそ、こだわりを持って選んでいます」
KURASAKI’S TURNING POINT
18歳 アパレル業界に就職し、ITを活用した販売やPRに興味を持つ。
22歳 フリーランスでの活動を始め、のちに上京。野宿していた日々も。
27歳 旅行先の沖縄のホテルで、デオドラント製品の開発を思い立つ。
32歳 AGICAスキンケア商品を発売。黒を基調とするデザインも話題に。