PERSON

2021.02.13

【追悼】ジャズ界のレジェンド、チック・コリアが愛されたわけ

ジャズ・フュージョン界の先駆者、チック・コリアが2月9日、79歳でこの世をさった。チック・コリアへのインタビューを幾度となく行ってきた音楽ライターが、その偉大な功績とともに、人徳がある温かな人柄を明かしてくれた。

チック・コリア

Photo by Oscar Gonzalez/NurPhoto via Getty Images

若手にチャンスを与え続けたレジェンド

ジャズのレジェンド、ピアニストのチック・コリアが2月9日に亡くなった。享年79。がんをわずらっていたそうだ。

チックは、1941年に米マサチューセッツ州で生まれた。‘66年にスタン・ゲッツのカルテットに参加。’67年に初リーダー作『トーンズ・フォー・ジョーンズ・ボーンズ』を発表。ピアノ・トリオの『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』、世界中にフュージョンブームを巻き起こした『リターン・トゥ・フォーエヴァー』、やはりトリオで『チック・コリア・アコースティック・バンド』など数々の名盤を録音している。ジャズピアニストとして活動してきたが、クラシック、ラテン、ロックなど、その作品には幅広い音楽性が感じられる。

亡くなる前、チックがフェイスブックにつづった言葉が胸を打つ。

「私と旅をともにして、音楽の灯りを明るくともし続けることに力をかしてくれた、すべての人に感謝したい。演奏、制作、パフォーマンスしたいと願う人は、それを行ってほしい。自分のためだけではなく、ほかの人のためにも。世界にはもっとアーティストが必要であり、純粋に楽しいものだからね」

チックは‘69年にはジャズの帝王といわれたマイルス・デイヴィスのバンドに参加した。そこでキャリアを積むことによって、自分自身がレジェンドと言われるまでになっていく。チックをインタビューしたとき、こう語っていた。

「若い時期にマイルスのグループに参加できたことは、その後僕が音楽家として生きていく上でとても重要だった。マイルスのような偉大な音楽家は、ある種のマジックをもっている。彼自身が愛するものを人に与えると、与えられた人もそれを同じように愛して、心が豊かになる。そういう特別な力が音楽の持つマジックだよ。これはすべての音楽家が持つ才能ではない。僕もマイルスのようなマジックを持てたらいいんだけれどね」

しかし、チックも確かに“マジック”を持っていた。マイルスのように、チックもキャリアを通じて積極的に若いミュージシャンを起用し、チャンスを提供し続けた。ジョン・パティトゥッチ、デイヴ・ウェックル、アヴィシャイ・コーエンなど、現在ジャズシーンの一線で活躍するジャズミュージシャンの多くが、チックのバンドでキャリアを積んでいる。チックは若手たちにチャンスを提供し、若手たちからは活力を得ていた。これは、音楽に限らず、あらゆるジャンルにおいて、成果を上げる人が共通して持つスタイルではないだろうか。

日本人では、ピアニストの上原ひろみがチックとの共演を重ねた。出会いは、ひろみがまだ浜松の高校に通う17歳のとき。スタジオでひろみが練習する音を来日中のチックが偶然耳にして、自分のライヴに誘った。翌日、チックは無名の高校生と向き合ってピアノを演奏する。ひろみはその後アメリカへわたり、23歳でメジャーデビュー。28歳のときにはブルーノート東京でチックと共演。翌年にピアノ2台のライヴアルバム『デュエット』を発表し、日本武道館でもチックとひろみ、ピアニスト2人だけのライヴを行った。マイルスの世代から受け継いだ音楽の遺伝子を、チックはひろみの世代へと継承した。

音楽を通じて日本人の心も豊かにしてくれた

チック・コリアという人はいつインタビューしても笑顔で、気持ちよく、心をオープンにして接してくれた。彼の気さくな性格がそうさせていたわけだが、日本、そして日本人を愛してくれてもいたのだろう。

2001年の6月、ニューヨークのジャズクラブ、ブルーノートでチックの60歳を祝うショーが3週間にわたって行われた。誕生日の夜、チックは日本流の赤いちゃんちゃんこをはおって、ケーキに灯された60本のキャンドルを吹き消し、スピーチした。

「皆さん、カンレキをご存知ですか? 日本では60歳をカンレキといって、真っ赤なベストを着てお祝いをします。まるでベビーが着るようなベストを着てね。私もそのカンレキを迎えました。つまり、今皆さんの前にいる私は生まれ変わったベビーというわけです。どうですか? ベビーに見えますか? だから、今日は生まれ変わったフレッシュなチック・コリアの演奏を楽しんでください」

日本式で還暦を迎えたチックが、会場にいるニューヨーカーたちの温かい拍手に包まれた。ステージの上にはロイ・ヘインズ、クリスチャン・マクブライド、ジョシュア・レッドマンがスタンバイし、客席にはジョージ・ベンソンやカサンドラ・ウイルソンの姿もあった。

あれからさらに20年、チックは新しい音楽を生み続けた。日本には1年に2~3回やってきて、ソロ、トリオ、カルテット、エレクトリックのバンド……など、さまざまな編成で楽しませてくれた。私たちの心に音を通じて豊かさを与えてくれたチックに、心から感謝したい。

TEXT=神舘和典

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