常に本気の姿勢でアスリートの内面を伝える松岡修造さん。常にポジティブな挑戦の裏には、いつも弱さがあったという。人の心を一歩前に導く生き方とは?
ポジティブに見えて、ネガティブな考え方
滝川 松岡さんとは全仏オープンで何度もお会いしていますが、こうしてお話をうかがうのは初めてですね。今日はテニスやオリンピックのことなど、いろいろ聞かせてください。
松岡 僕は質問されることに向いていないんです。だから今日は僕が質問します。テニスはいつからやっているんですか?
滝川 ええ(笑)? 小さい頃から家族で……。
松岡 フランスは日々の生活のなかにテニスが溶けこんでいますよね。全仏オープンの見方も日本とは違って、お祭り的な要素が強いというか。そういう文化を肌で知っている滝川さんが全仏をレポートしてくれるのは、日本テニス界にとっても本当にいいことなんですよ。
滝川 ありがとうございます……ってそうではなくて、私に質問させてください。
松岡 僕のことはいいんです。
滝川 よくないです(笑)。まずおたずねしたかったのですが、松岡さんというとポジティブで熱血なイメージがあると思うんです。でも著書の『弱さをさらけだす勇気』には、かなりネガティブだと。
松岡 超ネガティブですよ。自分事に関しては、99パーセント、マイナスの想定から入ります。
滝川 そこまでですか?
松岡 自信がないから優柔不断だし、積極的になれないので、苦労しました。19歳からいろいろな国のメンタルコーチにつき、決断力や自己肯定感を養うトレーニングをして、ネガティブな考えと逆の態度や言葉を口にしながらなんとかコートに立っていたんです。「できる」や「大丈夫」といったポジティブワードを集めた『まいにち、修造!』という日めくりカレンダーを出しましたが、あれは全部、僕自身に言っていた言葉なんですよ。
滝川 かなりのベストセラーになりましたよね。元気が出る、って。でも松岡さん、結果も出しているのに、意外でした。
松岡 結果こそ出せたものの「才能ない」とずっと言われていたし、自分でもわかっていましたから。現役を卒業してから、指導以外でラケットを握りたいと思ったことは一度もないです。でも今やっている、人を応援したり励ましたりする才能はあると思う。自分で言うのもなんですが、そこは自信がありますね。
滝川 プレイヤー時代は辛かったことばかりですか?
松岡 辛いというわけではないけれど……間違いだらけでした。ものすごく視野が狭くて、まじめすぎたというか。常にミスを恐れて、チャンスボールも怖かった。それでも続けていたのは、純粋にテニスが好きで、強くなりたいという想いが勝っていたからだと思います。1995年にウィンブルドンのセンターコートに立てた時、僕より才能のある日本人選手はたくさんいたにもかかわらずランキング100位以内に日本人の名前はありませんでした。誰も世界で戦う方法論を知らなかったんです。
滝川 今とはまるで状況が違いますよね。松岡さんが前例を作ってくれたからこそ、世界が遠いものではなくなった。
松岡 僕自身、すべて手探りでむちゃくちゃ遠回りしました。無名の日本人は練習相手にもなってもらえないし、親にプロ転向を反対されていたので、スポンサーがつくまではお金もなく。でも僕が経験から学んだ方法論や理論を幼少期から実践すれば、日本人でも確実に100位以内に入れると思い、セカンド・ドリームはジュニア選手の育成に力を入れようと決めたんです。
滝川 育成プロジェクトの「修造チャレンジ」も情熱的なイメージが先行しますが、論理的に組み立てられた方法論で展開されているということですね。
松岡 そうですね。テレビでは泣きながら走っているジュニアに追いこみをかけるような場面がピックアップされがちですが、メンタルトレーナーと相談しながら、その子の性格や家庭環境なども考慮してかなり計算をしたうえで行っています。具体的な方法論がないまま「がんばれ」と言うだけで、できるわけない。根拠や理論に裏打ちされていない根性論は一番嫌いです。
インタビューする時も、常に応援姿勢
滝川 松岡さんのアスリートの方へのインタビューって、深いところに踏みこまれますよね。プレイヤーとしての経験があればこそとは思いますが、インタビュアーとして、どんなことを大切にしていますか?
松岡 選手の気づきにつながるインタビューが一番だと思っています。例えば試合前、選手は「自分らしいプレイを目指します」と言うことが多いですよね。僕も言いました。でも「自分らしいプレイ」がどういうものか、言語化できている選手は少ない。深く聞いても大丈夫そうであれば、僕は「なぜ?」「どうして?」と質問を繰り返します。自分で気づいて言葉にしない限り、自分のものにはならないと思うから。語ることで心の奥底にあるものに気づき、自信が持てるような、そんな応援インタビューになるよう、心がけています。
滝川 ああ、インタビューも応援なんですね。素敵ですね。
松岡 ただ、その選手が質問に答える心の準備ができているかどうかはかなり慎重に見定めますよ。準備ができていない方にディープな質問をするのは失礼ですから。それと自分の経験や失敗談も必ず話します。選手生活のなかで失敗が多かったからこそ、話せることも多いというのは僕の強みかもしれません。
滝川 弱さを差しだすことで、心の扉を開いていくような。
松岡 視聴者や読者も、選手の内面を知り共感することで、その選手や競技の見方が変わると思うんです。応援しながら自分も一緒に戦っているような、深い体験ができる。その一助になれたら、僕としては最高ですね。
滝川 2020は自国開催ですし、さらに見方が変わりそう。
松岡 選手や関係者だけでなく都市と国全体、国民全員が参加できる。これは開催国の特権ですよね。去年から僕もテレビ朝日系『サンデーLIVE!!』のなかで、『松岡修造の2020みんなできる宣言』というコーナーをやらせてもらっています。2020年までにどんなことでもいいから目標に向けて熱い想いでがんばっている人を応援する企画。ちなみに僕の目標は「2020年に灰になる!」です。
滝川 完全燃焼ですね。松岡さん、テレビ番組やCMに出演される時は、テニスの時とまたイメージが違うんですよね。
松岡 そこで何を求められているかですよね。ディレクターにはとことん企画意図を聞きます。それによって言葉数もトーンも変えます。逆に自分から提案する時は、企画書10枚くらい書いて持っていったこともあります。
滝川 ご自身で? すごい。
松岡 現場って各分野のプロフェッショナルが集まって、チームで作るものじゃないですか。そういう人たちの力を借りながら、みんなの思いを代表して表に立つのが、きっと今の僕に求められていることだから。やれることはやった、と言えるだけの熱量は常に担保しています。
滝川 その場合も、強いプレッシャーを感じるのでしょうか。
松岡 いえ、それは大丈夫です。自分だけのものではないから。そういう意味では、チームスポーツのほうが向いていたかもしれませんね。今は、無理に自分を応援する必要がないんです。仕事っていう意識もないくらい、自分が楽しいと思えることしかやっていない。あ、家族と喧嘩した時は「がんばれ修造」ってブツブツ言っていますけれど(笑)。
滝川 先ほど、テニスでは視野が狭かったとおっしゃっていましたけれど、今だったらプレイスタイルも変わりますか。
松岡 いえ、きっと試合になったらまたガチガチになると思います。でも、それが松岡修造だし、それでいいんだって、今は思っていますね。
SHUZO MATSUOKA
1967年東京生まれ。'86年プロに転向し、'95年ウィンブルドン選手権で日本人男子として62年ぶりとなる、ベスト8進出。'98年に現役卒業後、ジュニア強化プロジェクトなどを通じてテニス界の発展に尽力するほか、スポーツキャスターなど幅広く活躍。
『弱さをさらけだす勇気』
松岡修造
講談社 ¥1,200