ツアー前は、体脂肪率を3%台まで絞りこむ。
「BGMをテンポの速い曲にしてもらっていいですか?」
曲調が変わった瞬間、カメラの前に立ったHIROの身体が動き始める。ゆっくりと、時に素早く。力強いのに、しなやかで軽やか。間近で見ると、「人間の身体ってこんなふうに動くんだ」ということに心を奪われる。
それにしても……1969年生まれの今年44歳という年齢を感じさせない見事な肉体。無駄な肉がいっさいないから、全身の筋肉がダンスに合わせて収縮する様がよくわかる。例えて言うのなら野生の獣のような、必要最低限のスペックだけを追い求め、研ぎ澄まされた肉体。だからこそ、彼のダンスは、その技術以上に人間の身体の動きそのものの魅力を伝えてくれるのだろう。
「僕の身体は、踊りのためにつくり上げてきました。ステージ映えするようにシェイプし、ブレない体幹をつくり、3時間近いライブでもバテないよう心肺機能を鍛えていく。そのためにベストなトレーニングを長年研究してきました。EXILEの身体づくりは、アスリートに近いかもしれません。僕たちは、年に1回のツアーという“戦い”に向けて、身体をつくっていきます。EXILEのツアーは一切、手抜きなし。本当に大変なので、身体づくりをしなければ、最後まで走り抜くことができないんです。少しでもサボると、ライブの終盤にバテて踊りにキレがなくなる。客席から見ても気づかないかもしれないけど、自分はわかる。だからサボりたい気持ちに負けないで、必死でトレーニングを重ねるしかないんですよ」
取材が行われたのは、全国5つのドームで17公演を行う「EXILE PRIDE」ツアーの初日10日前。ダンスにキレがあるのも当然だ。HIROの身体は完成形に近づきつつあった。
「ツアーの準備は3カ月前くらいから始めます。最初は減量も含めたハードトレーニングで一気に身体を絞る。僕の場合、普段体脂肪率は8%くらいですが、それを3%台まで落とし、体重も5~6キロ減らします。時には心拍数が200以上になるまで自分を追いこむこともあります。そうやってどんどん厳しいトレーニングを積むことで、精神的にもタフな状態に持っていくことができる。ただそこまで体脂肪率が落ちると、スタミナがなくなってしまうので、それを徐々に6~7%に戻していくと、ハードなツアーでも乗り切れるんです」
EXILEが所属し、HIROが社長をつとめるマネージメント会社「LDH」の社内にはダンススタジオやレコーディングスタジオ以外に、トレーニングジムがあり、トレーナーも常駐。メンバーがいつでもトレーニングできる環境が整っている。ツアー前のこの時期、HIROはリハーサルの1時間前から入念なアップを行い、リハーサル後にも1時間かけてトレーニングを行う。
「公演を重ねながらツアーのクオリティーを高めていくアーティストもいますが、EXILEの場合は、初日から全力投球でベストパフォーマンスを見せたい。特に今回のツアーは、タイトルからもわかるように11年間の活動の集大成であり、第4章に向けて新たなスタートを切る大切なライブ。より完璧なものを求めて、みんな頑張っています」
第4章に向けた新たなスタート──その言葉は、4月頭に発表された年内でのパフォーマー引退の決意を関係者に伝えるための手紙にも記されていた。
『僕のEXILEとしてのパフォーマー人生は、14人になってからの第三章とともに、2013年で終わりを迎えます。けれど、それは同時に、EXILE第四章への新たなスタートだと思っています』(手紙より引用)
引退を決めたのは、衰えが理由ではない。
HIRO引退という電撃的なニュースに衝撃を受けた人も多いだろう。そしてほとんどの人が思ったはずだ。「44歳でEXILEのメンバーとして踊るのは、肉体的に限界だったのだろう」と。まるでトップアスリートのように肉体に負荷をかけ続ける日常は、40代中盤に差し掛かった人間の身体には相当こたえるはずだ。HIRO自身も言う。
「20代の頃は、勢いだけでどうにでもなった。クラブで踊っているだけで身体を鍛えられたし、どんなに食べても太ることはありませんでした。でも30代になって、たくさん食べて、鍛えていたら、身体が大きくなりすぎて踊りのキレがなくなってしまった。『これはマズい』と思って、それ以降『好きなものを好きなだけ食べる』ということをやめました。最近は、定期的に人間ドックに入ってできるだけ体調を把握するようにしていますし、ハードなトレーニングの後は、鍼やマッサージでしっかりメンテナンスしています。普段から水をたくさん飲んで代謝を上げるようにし、食生活は鶏肉や玄米が中心です。それでも酒は好きなのでたまに酔っ払って、気がつかないうちに好きな揚げ物とかを食べちゃったりする(笑)。朝起きて体重計に乗ったら、『うわ、2キロ増えてる!』。あれはショックなんですよ(笑)」
それでもHIROは、年齢的な衰えが引退の理由であることを言下に否定した。
「確かに肉体は変化しているけど、きちんと管理してトレーニングを続けることで衰えないどころか、まだまだ進化できている。トレーニングは僕にとって仕事の一部。そう考えて自分を追いこんだ結果、身体能力は2~3年前より数値的にアップしています。少なくともあと1~2年は、今と同レベルか、それ以上のダンスを見せられるという自信はあります。昔から『衰えを感じたから引退』というのだけはしたくなかったんです。僕にはEXILEのフロントで踊っているというプライドがある。衰えを感じながら踊るなんて情けないし、他のメンバーにも失礼じゃないですか」
目の前でシャープな肉体とキレのあるダンスを見せられたあとだけに、「衰えていない」という言葉に嘘や強がりがないことはよくわかる。では、HIROはなぜ今、このタイミングでパフォーマーを引退するという決断をしたのだろうか。
EXILEは、僕にとって人生そのもの。
「自分の引き際については、第3章が始まった2009年から具体的に考えていました。今僕は自分がEXILEとしてパフォーマンスしながら、同時にどう見せるかという演出やマネージメントも考えています。プロデュース業に専念したら、もっとグループそのものやメンバーのひとりひとりを輝かせられるという自信がよりでてきたんです。それに僕がいることで、メンバーが安心し切っている状況も変えたいと思っていました。だから僕のパフォーマー引退は、僕がEXILEを卒業するというよりも、僕以外のメンバーが僕を卒業し、今こそ第4章に踏みだすために、決断したんです」
未来のための引退。だからこそ、HIROの顔に悲壮感のようなものはまったくない。
「EXILEは、僕にとって人生そのもの。だから少しでも長く輝いていてほしい。今も演出や機材のことなど、さまざまなエンタテインメントのアイデアがあるんですけど、来年以降それをより具体的にカタチにしていきたいと思っています。僕にとってもEXILEにとっても、新たなスタート。むしろワクワクしているんですよ」
パフォーマーとしての顔と、リーダー、社長としての顔。そのふたつを両立させていくのは、至難の業だ。実は、HIROが肉体を鍛え続けているのは、単にパフォーマーとしてベストな状態を保つためだけではない。
「EXILEのなかでは、一番年下のSHOKICHIとは16歳離れていますし、EXILEの弟分のグループにはまだ10代のメンバーもいる。そんなヤツらを引っ張っていくには、言葉だけでは心に響かない。表現者としてベストな表現を身体で示していかないと、ナメられるんですよ。だからこそ誰よりも時間をかけ、誰よりも質の高いトレーニングをする。そして彼らが必死でやるようなことを余裕の顔でやってみせれば、説得力は増していきます(笑)。僕は20代の頃はいい加減で遊んでばかりいた。だから彼らがそうだったとしてもよっぽどのことがないかぎり怒ったり説教したりはしない。ただ今の僕の姿を見て、エンタテインメントの世界で生きていくには、何が必要で何が必要でないのか、学んでくれたらいいと思っています」
HIROは自分の意見を決してメンバーに押しつけることはしない。重要な決定は必ずメンバー全員の会議で行い、個人の活動は自主性に委ねる。先頭に立ち引っ張るのではなく、後方から皆を支えるタイプのリーダーなのだろう。
「若い人たちと一緒に仕事をしていくうえで心がけているのは、きちんとコミュニケーションをとること。彼らの夢や理想を聞き、そのためにこちらが何をしてあげられるかを考え、そのために何をしてほしいかを伝えていく。そうやってしっかりとした信頼関係を作ることができれば、必ずお互いにとっていい方向に進む。僕の周りには夢を持って、目がギラギラした人間がたくさんいます。彼らと接していると、僕も刺激を受けて、頑張らなきゃと思えるんです」
HIROの頭のなかには、すでに2014年一杯のEXILEの予定が入っていて、さらにその先の姿も思い浮かべているそう。
「20年後、30年後もピカピカのEXILEでいてほしい。そのために自分ができることをどんどんやっていこうと思っています。トレーニングも続けますよ。EXILEでなくなっても踊ることをやめるつもりはないですから。もしかしたら、EXILEではできなかったような新しいことを始めるかもしれませんしね」
自らの身体を磨き続けてきたように、これからEXILEを磨こうというのか。HIROはまだまだその歩みを止めそうにない。
LDH column EXILEを通して人材とエンタテインメントを育む会社
アーティストのマネージメントからジム、スクール、レコーディングスタジオなど社内にエンタテインメントのすべてを擁するLDH。「社員大勢で行ける店が欲しかった」と飲食店やアパレルの展開も行うところに、HIROのスタッフやEXILEメンバーへの想いが感じられる。
ダンス・ボーカルスクール「EXPG」。国内に7校、台北にも展開する。
EXPGのレッスン中。生徒は成長すればEXILEのライヴステージに立つこともできる。
LDH内にあるジム。LDH所属アーティストがいつでも使用できる。
*本記事の内容は13年4月取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい