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2020.03.21

【中田英寿に・ほ・ん・も・の外伝】あれから9年。東日本大震災を機に移転した新澤醸造店<宮城>

2009年から’15年の約6年半、のべ500日以上をかけて、47都道府県、2000近くの場所を訪れた中田英寿。世界に誇る日本の伝統・文化・農業・ものづくりに触れ、さまざまなものを学んだ中田が、再び旅に出た。

にほんもの外伝

9年間、復興とともに前進してきた醸造店

仙台の繁華街などにいると、すっかり元通りになったような錯覚にもおちいるが、同じ宮城県でも沿岸部のほうに行くと、いまだ東日本大震災の爪痕がたくさん残っていることに気付く。酒どころの東北だけに多くの酒蔵が被害を受けたが、大被害から一念発起し、以前よりも大きく成長している酒蔵もある。山形県との県境近くにある山あいの町、柴田郡川崎町。『伯楽星』、『あたごのまつ』などの銘酒で知られる新澤醸造店は、東日本大震災を機に県内の大崎市からこの地に酒蔵を移し、新しい酒造りに挑んできた。

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「大崎では築140年の蔵が全壊状態。幸い人的被害はありませんでしたが、酒瓶はほぼ割れ、在庫を失いました。このまま同じ場所で酒づくりを続けるのが難しい状況で、いったん休んで蔵を再建するか、移転するかの判断を迫られました。もとの蔵を補修するにも限界があり、また同じような地震が起きたらという不安もありました。そんなとき、県内に休眠中の酒蔵があると知り、そこを買い取らせてもらうことにしたんです」(新澤巌夫社長)

新澤社長が25歳で杜氏になったとき、蔵は倒産寸前だった。彼は、他の蔵を訪ね歩き謙虚に酒づくりを学び、何年もかけてデータを取り研究を重ねた。そして生まれたのが『伯楽星』。2005年に大手航空会社のエグゼクティブクラスに搭載されることになり、2010年にはサッカーW杯南アフリカ大会のオフィシャル日本酒にも選ばれた。海外からの注文もあり、それまでの借金も返せるようになった。「さあ、これから」というときに東日本大震災が起きた。

「後ろを向いても仕方がない。新しい蔵に移ったんだからダメになったとは絶対に言わせない。前より美味しくなったといわれるようにしなければならないという思いはありました」(新澤社長)

新しい川崎蔵は元の蔵から約80kmも離れていたため、多くの従業員が辞めることとなった。日本酒は繊細だ。温度や湿度、蔵にすみつく微生物などが独特の味を作り上げる。機械は移動できたが、蔵が変わり、人が変われば、味も変わってしまう。新しい仲間を迎え、新しい蔵での試行錯誤の日々が始まった。

「これまでベテラン従業員の感覚に頼っていた部分は、なるべく機械をいれて、安定した品質を保てるようにしました。もちろん機械にばかり頼っていてはダメ。若い人たちにはどんどん勉強してもらって、さらなる酒質の向上を目指しています」(新澤社長)

実は中田は、以前から新澤醸造店のヨーグルトリキュール『超濃厚ヨーグルト酒』を愛飲している。そんな縁もあって、震災以後中田はことあるごとに新澤醸造店を訪れ、励ましやアドバイスを送ってきた。

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「新澤醸造店は積極的に新しい技術を取り入れて、進化し続けている。僕は毎年飲み続けているからその進化を自分の舌で感じています」(中田)

新澤社長の挑戦が結果を出しているのは、近年さまざまな酒のコンペティションで新澤醸造店の酒が上位に入っていることからも明らかだ。むしろ震災前よりもその評価が高まっているといっても過言ではないだろう。それでも彼は徹底的にこだわる姿勢を止めることはない。

「少しずつですけど、毎年施設を新設して、進化しています。いい酒をつくるためにできることは全部やっていきたいんです」(新澤社長)

新澤社長の元気な笑顔を見ていると、人間はどんな困難でも乗り越えられるような気がしてくる。もちろん彼のような人ばかりではないだろうが、少なくとも彼の酒が多くの人に、今日を生きる力を与えてるのは間違いないだろう。

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「に・ほ・ん・も・の」とは
2009年に沖縄をスタートし、2016年に北海道でゴールするまで6年半、延べ500日以上、走行距離は20万km近くに及んだ日本文化再発見プロジェクト。"にほん”の”ほんもの"を多くの人に知ってもらうきっかけをつくり、新たな価値を見出すことにより、文化の継承・発展を促すことを目的とする。中田英寿が出会った日本の文化・伝統・農業・ものづくりはウェブサイトに記録。現在は英語化され、世界にも発信されている。2018年には書籍化。この本も英語、中国語、タイ語などに翻訳される予定だ。
https://nihonmono.jp/

中田英寿
1977年生まれ。日本、ヨーロッパでサッカー選手として活躍。W杯は3大会続出場。2006年に現役引退後は、国内外の旅を続ける。2016年、日本文化のPRを手がける「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」を設立。

COMPOSITION=川上康介

PHOTOGRAPH=淺田 創

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