今も世界で愛される小さな名車プジョー「206」は、なぜ偉大?【クルマの教養】

歴史ある名車の今と昔、自動車ブランド最新事情、いま手に入るべきこだわりのクルマ、名作映画を彩る名車etc……。国産車から輸入車まで、軽自動車からスーパーカーまで幅広く取材を行う自動車ライター・大音安弘が、さまざまな角度から“クルマの教養”を伝授する!

ブームの火付け役となったフレンチコンパクト

2000年代の初頭、日本では、イタリアやフランスのクルマ、いわゆるラテン車の小さなブームが巻き起こった。そのけん引役となったのが、イタリアの「アルファロメオ」とフランスの「プジョー」だ。このブームは、遠い存在となったラテン車の魅力を多くの人が知るきっかけともなった。その流れを生み出した名車が、フランスの名門プジョーが送り出したコンパクトカー「206」である。

プジョー206は、1998年9月にフランスで開催されたパリサロンでデビュー。'83年生まれの「プジョー205」の後を受け継ぎ、新たなプジョーの主力となることを期待されたコンパクトハッチバックで、13年ぶりとなる全面刷新を図ったモデルあった。生まれ変わりを象徴する刷新されたスタイリングは、名門デザインスタジオ「ピニンファリーナ」との共作の205とは異なり、社内デザインによるものであった。

流線形の効いたスタイリングは、まるで駆けだそうとする元気いっぱいの猫のよう。細かいディテールも、猫を感じさせるところが多くあり、例えば、シャープなライトは猫の目のようで、ボンネットに設けられたエアインテークも猫によるひっかき傷に見える。これは猫足と表現されるプジョーの足まわりやブランドロゴに輝くライオン像を彷彿させるとともに、身軽なサイズを活かした走りの良さを連想させた。

206 ROLAND GARROS

日本上陸とともに人気者へ

発売とともに、フランスでは大好評に。欧州市場が中心だった初年度だけで、50万台を生産した。その勢い冷めやらぬ翌年の'99年5月に、日本デビュー。導入時は、実用的な1.4Lモデルと上級仕様の1.6Lモデルで構成され、ボディタイプは、3ドアと5ドアのハッチバックが導入された。当時、輸入元であったインチケープ・プジョー・ジャパン(後のプジョー・ジャポン)は、エントリーモデルを165万円(1.4 XT/5MT)とし、お手頃さをアピール。よりサイズの小さい106も導入されていたが、こちらは高性能モデルに絞られていたため、事実上、初の200万円切りとなるブランドエントリーであった。

その洒落たデザインと元気溢れる愛らしいキャラクターは、日本でもすこぶる好評となり、プジョーの国内販売拡大に大きく貢献。デビュー前の'98年の年間販売台数が、6341台だったのに対して、2000年は大台突破の10767台まで拡大。輸入車の主力であるドイツ車に比べれば、大きくない数字であるが、ラテン・ブランドの中では、トップセールスであった。

206GTI

贅沢なオープンモデルも用意

2000年代のプジョーは、モデルバリエーションが充実しており、その多くが日本にも導入された。それは人気者である206も同様で、スポーツグレードを含め、積極的に展開。世界限定4000台の世界ラリー選手権(WRC)参戦を目的としたホモロゲーションモデル「206GT」も、50台限定で発売された。

206GT
206SW

ボディバリエーションでは、荷室容量を拡大したステーションワゴン「206SW」も登場したが、最も印象的なのが、オープンモデル「206CC」だ。先代となる205にもオープンモデルが用意されていたが、手動式のソフトトップを備えたオーソドックスなものであった。しかし、206CCは、当時、高級車が積極的に採用していた「電動格納式ハードトップ」を採用。わずか20秒の開閉時間で、2ドアクーペと2ドアオープンのスタイルが味わえる1台で2度美味しいクルマであった。このアイデアは、プジョーにとって、決して新しいものではなく、1930年代に投入した「プジョー402L タイプE4 クペ・トランスフォルマブル・エレクトリーク」のオマージュであった。

まさかのロングライフモデルに!?

日本のプジョーの知名度を高め、多くのファンに愛された206は、2006年に本国デビューした後続モデル「プジョー207」にバトンタッチ。最終的には、歴代プジョー最多となる約650万台を販売し、世界的大ヒットモデルであった。ところが、である。なんと、ここで206の歴史の幕は下りなかったのだ。後続車の「207」のサイズアップが賛否を呼び、よりコンパクトなニーズに応えるべく、フェイスリフトを受けた「206+」となり、'09年に復活し、欧州で展開されることに。このモデルは、'12年末まで、フランスで製造された。一般的に、新興国向けなどで、旧型車が展開されることはよくあるが、本国で旧型車が復活を遂げたのは珍しい。これも名車エピソードのひとつといえよう。

異例の延命を受けた「206」のその後が気になり調べてみると、海外の各地で、最近まで現役車だったことが判明。それだけにとどまらず、なんとイランでは、現地自動車メーカー「IKCO」が、今も製造販売している模様……。小さな名車「206」は、今も世界で愛される偉大なプジョーであった。

206XTPremium


Yasuhiro Ohto
1980年埼玉県生まれ。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者へ。その後、フリーランスになり、現在は自動車雑誌やウェブを中心に活動中。主な活動媒体に『ベストカーWEB』『webCG』『モーターファン.jp』『マイナビニュース』『日経スタイル』『GQ』など。歴代の愛車は、国産輸入車含め、全てMT車という大のMT好き。