身長172cm。野球選手として決して恵まれた体躯ではない。それにもかかわらず、なぜ阪神・近本光司選手は毎年活躍を続けられるのか? その秘密は、近本選手が編み出した思考術にあった。野球(スポーツ)だけではなく、仕事や勉強、 もっと言えば人生の礎になりうる、近本流思考術を記した『僕は白と黒の間で生きている。』から一部抜粋して紹介する。【その他の記事はこちら】

盗塁の成否を分けるのは「0.02秒分の心の余裕」
3秒って一瞬ですよね。この本を読んでくれているみなさんも、3秒で読める文字量は多くても数行なんじゃないかな、と思います。
僕の仕事のひとつが盗塁です。
出塁をして1塁にいたら2塁へ(2盗)。2塁にいたら3塁へ(3盗)。3塁にいたらホームへ(本盗)。3塁からホームへの盗塁は「ホームスチール」といってめったに起きないプレーです。なので、盗塁のほとんどは2盗か3盗となります。
そのなかでも9割以上を占める2盗については、どのくらいの時間で2塁まで到達すればアウトあるいはセーフになるのかということがデータではっきり出ています。
僕が意識するその構成要素と秒数は、次のものです。
1.クイックタイム 1.2秒
2.キャッチャー送球 1.8秒
3.タッチ 0.2秒
合計でおおよそ3.2秒。これを0.1秒でも切って3.1秒台になると盗塁の難易度はかなり上がります(つまりアウトになりやすい)。
1秒でも一瞬なのに、0.1秒が運命を分けるのか、とびっくりされると思いますが、実はもっと細かい0.01秒台で戦っています。
構成要素として書いた言葉を簡単に説明すると、クイックタイムとはピッチャーが投球動作に入ってからキャッチャーにボールが届くまでの時間です。速い投手で1.1秒、平均で1.25秒程度、とよく言われます。キャッチャー送球はプロの選手でおおよそ2秒前後。そのキャッチャーからの送球をセカンドかショートが捕球してタッチするのが0.2秒程度。盗塁を成功させるためには、このタッチよりも早く、セカンドベースに到達すればいいわけです。
試合中、1塁のコーチャーズボックスには、コーチがいてピッチャーのクイックタイムをストップウォッチで計っています。そして出塁すると、そのクイックタイムやキャッチャー送球の秒数を耳打ちしてくれます。
このとき、クイックタイムが1.1秒台と言われると「盗塁は難しい」、1.2秒台と言われると「行ける」という思いになります。もっと具体的に言うと、「1.19秒」だと「厳しい」、「1.21秒」だと「走れる」となる。たった0.02秒という、(1秒がずっと長く感じられるほどの)わずかな差で「盗塁できるか、できないか」が逆転するのです。
これはなんでなんだろう。ずっと試行錯誤し、言語化しながら考え続けていました。プロに入り決めた盗塁の数は200個。失敗と合わせれば256回のトライ(それ以外にもファールになって戻ったケースも含めるともっと多くの回数)があります。それがフィードバックをするために多いか少ないかはわかりませんが、……あるとき、面白いことに気づきます。
それは、クイックタイムが1.2秒台だ、と聞いて盗塁をすると、実際のクイックタイムが1.19秒であっても、いや、1.15秒であっても成功していたのです。
「自分が気持ちよくスタートを切れれば成功するんだ!!」
行ける、と思ってスタートが切れれば、実際は1.1秒台であってもセーフになる。結局、盗塁とは勇気の問題だったのです。ということは、「0.02秒分の心の余裕を作れるかどうかが、盗塁の成否を分ける」。
ですから、グラウンド整備中、1塁コーチャーとして、僕が入団したときからずっと外野守備そして走塁を見てくれていた筒井壮コーチに、改めてクイックタイム、あるいはキャッチャーのスローイングの秒数(それ以外にもクセやグラウンドの状態なども話します)を確認し、どうすれば「気持ちよく」「0.02秒の心の余裕」を持ってスタートを切れるかについて、壁打ち(考えのすり合わせ)をさせてもらうのです。
「気持ちよく」「0.02秒の心の余裕」を持つために、時間以外の条件もあります。例えば、けん制をもらいたい。これは僕の感覚ですが、けん制がほとんどないと、「次こそけん制が来るかもしれない」というマインドになりがちで、いいスタートが切りづらい。逆に、けん制が多いと、ホームに投げるときとの違いを見つけられる可能性があり、スタートは切りやすくなります。
試合の終盤に向かっていくこのタイミング、盗塁の失敗は試合の勝敗にも大きな影響を与えます。だから、絶対に成功させなければいけません。
そのために、相手のデータを頭に入れながら、勇気を持ってスタートを切れる準備をする時間になっています。

