急遽発表された、男子ゴルフの米PGAツアーとLIVの提携に迫る。
高額移籍金とサウジマネーに反発
以前から対立が続いていた男子ゴルフの米PGAツアーとサウジアラビア政府系ファンドが支援するツアー「リブゴルフ・インビテーショナル・シリーズ(LIV)」が2023年6月6日、それまでの対立関係を解消し、提携して共同で事業を行うことを発表した。発表当初は驚きとともに、LIVを巡る対立に終止符が打たれたなどと好意的にとらえる人もいたが、その後の選手や社会の反応を見ると、とても一件落着とは思えない。
改めてPGAツアーとLIVの対立を振り返っておくと、LIVゴルフはサウジアラビア政府系ファンド、PIF(パブリック・インベストメント・ファンド)が出資し、グレッグ・ノーマンCEOが中心となって2021年に設立された新たなツアー組織だ。競技は3日間で予選落ちがないのが特徴で、PGAツアーを大幅に上回る賞金額も話題を集め、2022年にシーズンが開幕した。
PGAツアーとLIVが対立した原因の一つは、高額な契約金を提示して、PGAツアーのトップ選手を次々と引き抜いたことにある。たとえば、フィル・ミケルソンに2億ドル(約280億円)、ダスティン・ジョンソンに1億5000万ドル(約210億円)【※1ドル140円換算】を支払うなど、PGAツアーの有名選手たちに高額な移籍金を提示して参入を呼びかけた。移籍した選手は必ずしも移籍金や賞金の多さだけに引かれたわけではないが、移籍組に対しては「そんなにお金が大事なのか」と批判が集まった。
それに加えて、スポンサーがサウジアラビアの政府系ファンドだという点も批判の的となった。サウジアラビアには女性蔑視や人権活動家への迫害といった問題があり、政府がテロ組織に資金を提供しているとの疑念も晴れていない。9.11テロ事件の背後にはサウジアラビアが関与していたと信じている米国民も多い。
そして、サウジアラビアはゴルフだけでなく、F1やサッカー、ボクシングなどのスポーツにも莫大な資金を投入しており、それらは不都合な事実を覆い隠す「スポーツウォッシング」だとの批判も根強い。
こうした状況を受け、PGAツアーはLIVに移籍した選手のPGAツアーへの出場を認めないなど対決姿勢を打ち出す一方、予選落ちのない高額賞金の新規大会を実施すると発表するなどLIVを意識した改革にも取り組んでいた。
PGAツアーがLIVに対して様々な対抗策を打ち出すものの、全米プロゴルフ選手権でブルックス・ケプカがLIV勢としてメジャー初制覇を果たすなど、最近はメジャートーナメントでLIV勢の活躍が目立つようになりなってきていた。ファンの間ではLIV勢への批判は依然として根強いものの、一方で強い選手をメジャートーナメントで見たいとの声も高まっていた。
突然の提携発表に選手からは戸惑いの声
6月6日にPGAツアーとDPワールドツアーは、LIVゴルフに出資するPIFと提携し、各団体のゴルフ関連事業及び権利を統合して管理するための共同所有の新営利団体「NewCo」を設立することで合意し、互いに相手を訴えていた裁判を終結させると発表した。新団体のチェアマンにはPIFの最高責任者ヤシール・アル・ルマイヤン氏が就任し、PGAツアーのジェイ・モナハン会長はCEOに就任するという。PIFはNewCoを通じて、PGAツアーとDPワールドツアーの両方に対して多額の投資をするとみられている。
今回の交渉は、PGAツアーのジェイ・モナハン会長と2名の幹部、PIFの最高責任者、ヤシール・アル・ルマイヤン氏だけで話が進められ、LIVゴルフの中心的存在だったノーマンCEOは一切知らされていなかったとも伝えられており、来シーズンは開催予定というものの、今後のLIVの存続に関しては不透明な状況だ。また、LIVに移籍した選手達はPGAツアーの出場停止処分を受けているが、PGAツアー復帰の道が模索される方針だという。
このような誰も想像していなかった急転直下の提携発表にLIVに移籍した選手からは歓迎の声が上がっていたが、LIVからの高額契約を断り、PGAツアーに忠誠を示して残留した選手からは戸惑いや不満の声が聞かれた。特に、今までLIVへの厳しい批判を繰り返し、LIVへ移籍した選手に厳しい対応をしていたモナハン会長への風当たりは激しく、RBCカナディアンオープンで行われた選手会では「偽善者」「裏切りもの」といった辛らつな言葉がかけられるなど紛糾したという。
報道などによると、ジョン・ラームは「少し裏切られたような気持ちだ」とコメントし、LIV批判の急先鋒だったローリー・マキロイは発表後に「今でもLIVが嫌い」としながらも「私は大局的に10年後を見据えている。統合は最終的にはプロゴルフ界にとっていいことだとは思う」と複雑な心境を語った。
こうした選手の疑問や不安を受けて、ゴルフ界のレジェンド、トム・ワトソンはPGAツアーのジェイ・モナハン会長などに公開書簡を送り、「今回、PGAツアーが提携案に合意したプロセスは正当な手続きを経ていない」と指摘。さらに「このパートナーシップを受け入れることはツアーにとってどんな意味があるのか? 我々は何を得るのか?」などと疑問を投げかけて説明を求めた。
また、ゴルフチャンネルのアナリスト、ブランデル・シャンブリーもこれまでLIVに参加した選手を「スポーツウォッシングに加担している」と非難し、LIVに参加した選手を「殺人者」呼ばわりしたこともある。このように、はしごを外される形になった選手や関係者の不満や遺恨は当面くすぶり続けることになりそうだ。
モナハン会長は批判を繰り返していたサウジアラビアの資金を受け入れ、新団体の最高責任者になるという驚きの手のひら返しをしたため、その経緯や説明を求める声は大きくなっている。しかし、6月13日に体調不良によって当面療養することを発表し、不在の間はCOOであるR・プライス氏らがPGAツアーの運営にあたるという。
分裂と対立を回避するのがファンの願い
ゴルフ界以外でも、今回の提携には疑念の声が上がっている。米司法省は3団体の事業提携が反トラスト法(独占禁止法)に触れる可能性を指摘し、調査に着手したという。今回の提携について関係者は「統合」と呼ぶのを慎重に避けているものの、事実上の「統合」と受け止められているからだ。また、米国上院財政委員会も、サウジ系ファンドが新組織に与える影響力について調べると表明し、聴聞会が開かれる予定だ。
新営利団体「NewCo」とそれぞれのツアーがどのような形態となり、どのように大会を運営していくのか詳細は明らかになっていないが、司法省や議会の対応次第では事業提携に暗雲が立ち込める可能性がある。
ファンとしては最近のLIV勢のメジャーでの活躍などもあり、やはり世界最高峰の舞台には最高の選手が勢ぞろいしてほしいという気持ちになっていた人は多かっただろう。マキロイが言うように、分裂と対立が進むのではなく、ゴルフ界が良い方向に進むことを期待しながら今後の推移を見守りたい。