今回は2023年8月25日公開の『エリザベート 1878』を取り上げる。連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
ヴィッキー・クリープス……。なんて中毒性のある俳優なんだ。
恥ずかしながら、滝藤、プラチナチケットとして名高いミュージカル『エリザベート』も、映画ツウが避けては通れないルキノ・ヴィスコンティの『ルードヴィヒ』も、テレンス・ヤングによる『うたかたの恋』のマイヤーリング事件も観ておりません。もちろんウィーンに行ったこともございません。なのに、ひとりの王妃に夢中になってしまうのですから映画はすごい。今回も素晴らしいぞ、ヴィッキー・クリープス。
またかという皆さまの心の声が聞こえてきます。本コーナー最多登場ではないでしょうか。今作では、オーストリア=ハンガリー帝国のエリザベート皇妃(1837-1898)に扮し、40歳を迎えた一年を演じます。
劇中、侍医が、40歳とはオーストリアの一般市民の平均寿命だと伝える場面がありますが、欧州一の美貌と称えられた人だけに、公の場に出るために涙ぐましい努力をしていらしたそうです。過酷なダイエット。加えて乗馬、フェンシング、吊り輪などとにかく運動魔。
しかしそれも我慢の限界を超える。個人の自由や尊厳を抑えこまなくてはならない立場に「NO」を突きつけた姿はダイアナ妃などあまたの著名人と重なります。まさにその先駆者。
この作品のなかで特に滝藤の胸を打ったのは、エリザベートが傷痍(しょうい)軍人の慰問に行ったシーン。足を失った若者にタバコを勧め、彼のベッドに横たわり、ふたりで喫煙する。あの行為は台本に書かれていたのか。それともヴィッキーのアドリブなのか……。
たったひとつの行動で、そのキャラクターがどういう人物だったのかが見えてくる。1シーン、1カットのたびに魅せる彼女の抑えた演技が、逆に破天荒に見えるのが不思議でならない。何もしていないかのようで、ものすごく多くのことを感じ、葛藤している。
聞けば、この企画、ヴィッキー自身が立てたそう。エリザベートを演じたいと思ったのか、この時代を生きたいと思ったのか、それとも歴史物がやりたかったのか。滝藤も今すぐ動かなければならない。とても刺激を受けた作品でした。
『エリザベート 1878』
ヨーロッパ宮廷一の美貌と謳(うた)われたオーストリア皇妃の40歳を迎えた一年にフォーカスした作品。単なる伝記映画ではなく、エリザベートのパンク魂を現代の解釈で描いている。2022年、第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で最優秀演技賞に輝いた。
2022/オーストリア、ルクセンブルク、ドイツ、フランス
監督:マリー・クロイツァー
出演:ヴィッキー・クリープス、フロリアン・タイヒトマイスター、カタリーナ・ローレンツほか
配給:トランスフォーマー、ミモザフィルムズ
2023年8月25日よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
https://transformer.co.jp/m/corsage/
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。2023年9月15日から映画『ミステリと言う勿れ』が公開。そのほかにも、映画やドラマなど公開待機作がある。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!