今回は2022年8月26日公開の『彼女のいない部屋』を取り上げる。連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
愛する家族の住む家を離れ、ひとり旅に出た主人公の心に触れる
また? またか? またですか滝藤よ! 3段階で自問自答しましたよ。なぜだろう? 彼女がスクリーンに出てくると、目が離せない。この連載でも、もう3回目の登場となります。こんなに売れっ子なのに、これでもかというくらい垢抜けない。日本の俳優にはなかなかいないタイプな気がします。
その芋っぽさから、作中に漂うじっとりとした湿気が伝わってきて、目の前で起きているかのような生々しさを覚える。彼女の存在自体が作品に説得力を与え、まるで本当にその人物が存在しているように思えるんだから不思議だ。だからか! いつまで経っても彼女の名前を覚えられない……、もういい加減覚えろ俺! ヴィッキー・クリープス! ヴィッキー・クリープス! ヴィッキー・クリープス! 『ファントム・スレッド』ではダニエル・デイ=ルイスを、『ベルイマン島にて』ではティム・ロスを、そしてこの『彼女のいない部屋』では観客すべてを翻弄する。でも魔性の女ではない。夫と子供を愛する普通のお母さんなのです。
映画は、彼女がそっと家から出ていくところから始まります。クラシックなクルマで海辺の町や、スキー場のあるリゾート地を訪れる。あちこち廻る彼女の旅先の風景と、彼女なしの日々を送る夫とふたりの子供の風景が、時系列がばらばらと散らばって交互に展開していく。
家族のことを愛しているのになぜ、彼女は家族と一緒にいないのか、そしてなぜこんなことをするのか……。監督のマチュー・アマルリックは「彼女には実際に何が起きたのか、この映画を観る前の方々には明らかになさらないでください」と言うのでスレッスレまでお話しさせていただきます。彼女が行く先々でいろんな男性と何かが起きてしまうような危うさを感じるのですが、その行動の意味を知った時、どれだけ彼女が家族のことを愛しているのか、人恋しさの理由がわかった瞬間のカタルシス。俳優としても活躍しているマチューですが、監督としての才能も炸裂しています。皆さんも、翻弄されにぜひ劇場へ。
『彼女のいない部屋』
2021年/フランス
監督:マチュー・アマルリック
出演:ヴィッキー・クリープス、アリエ・ワルトアルテほか
配給:ムヴィオラ
2022年8月26日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
主演作『潜水服は蝶の夢を見る』や『007 慰めの報酬』での強烈な悪役で知られるマチュー・アマルリックが脚本・監督を手がけた。わけあって家族と離れてひとり旅を続ける女性の内面と記憶を辿る作品。2021年、第74回カンヌ国際映画祭「カンヌ・プレミア」部門公式出品作。
Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。2023年1月13日に初主演映画『ひみつのなっちゃん。』が公開予定。ドラァグクイーンたちの“ひみつ”をめぐる、ハートフル・ヒューマン・コメディとなっている。
連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!