今回は2023年7月14日公開の『サントメール ある被告』を取り上げる。連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
異国の地で生きること。その難しさが招いた悲劇なのか
ゲーテ読者の皆さま方におかれましては、日々、仕事を通しての発見が多いかと想像します。滝藤は仕事柄、さまざまな職業を演じていますが、2023年6月24日よりスタートしたNHKの土曜ドラマ『やさしい猫』では弁護士役に挑戦させていただきました。
中島京子さんの同名小説のドラマ化で、日本在住のスリランカ人の男性が、日本人女性との結婚を偽装と疑われ、在留特別許可を得るために国を相手に裁判を起こす物語です。
役作りのために、東京地方裁判所で裁判を傍聴しましたが、本当にここは日本なのか、オレがおかしいのか……と疑心暗鬼になりました。ドラマの主人公と同じ。ただ大切な人と暮らしたいだけなのに、それがこんなにも難しいなんて。母国ではない国で権利を主張することがいかに困難かを知り、自分の無知を恥ずかしく思いました。
そんな今の心情とぴったり重なったのが映画『サントメール ある被告』です。
セネガルからフランスへと留学した女性が、北仏の街で生後15ヵ月の赤ん坊を海辺に置き去りにしてしまう実際の事件を描いた作品。殺人の嫌疑がかかる被告人の若い母親・ロランスの発する言葉が支離滅裂で、第三者からは理解できない行動や考えの飛躍がある。
この裁判でのやり取りは、自身もセネガル系フランス人であるアリス・ディオップ監督が実際の裁判記録を用いたということもあり、とにかく淡々と進んでいく。格調高い芝居のようであり、朗読劇のようであり。裁判を一緒に傍聴しているかのような不思議な感覚になる。この女性がなんで子殺しへと向かうのか、わかるようでわからない。
能を観ているような濃密で静かな時間ですが、検事や大学時代の担当教授の言葉の端々(はしばし)には移民女性への偏見が漂っています。また、異国の地で市民の権利を得るために、母が子供の成功に過剰に期待する構造的な問題も炙りだされ、産むのも育てるのも頑張るのも全部女性に丸投げする社会にモヤモヤ。こんな時代遅れなこと、いつまで続くのだと絶望してしまいそうです。
『サントメール ある被告』
2022年/フランス
監督:アリス・ディオップ
出演:カイジ・カガメ、ガスラジー・マランダほか
配給:トランスフォーマー
2023年7月14日よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
2022年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞、新人監督賞を受賞し、ケイト・ブランシェットが激賞した作品。フランス北部サントメールの町で、生後15ヵ月の幼い娘を海辺に置き去りにしたセネガルからの留学生の事件をモチーフに、緊迫した人間関係が炙りだされる。
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。2023年6月24日よりドラマ『やさしい猫』(NHK)がスタート。主人公たちを親身になってサポートする弁護士を演じる。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!