瞬く間に変化する世間からの評価。翻弄される男が守りたかったものとは
本連載も8年目に突入しましたが、毎度唸らされる監督がいます。
イラン出身のアスガー・ファルハディ。最先端のCGを使っているわけじゃない。派手な演出もなく、特別なセットもない。ただ、家族間の諍(いさかい)を描くだけ。それがなぜ、毎回毎回、手に汗握るサスペンスになるのか……不思議だ。もはや滝藤の本能がアスガー・ファルハディを欲しているとしか思えない。10年ほど前、渋谷の映画館で『別離』を観て、監督の存在を知り、『セールスマン』で虜になりました。最新作『英雄の証明』でもまた、家族の間に起きるトラブルを描いている。いつもどおり規則正しく同じ展開。
今回の主人公は、離縁した妻の兄からの借金が返せないことから訴えられ、収監されている男・ラヒム。ある日、そんな彼の恋人が道端で金貨を拾い、これを返済に充てればと言いだします。しかし次第に金貨について罪悪感を抱くようになり、ラヒムは金貨を持ち主に返すことに。これがマスコミの耳に入り、正直者の囚人として大々的に報道。吃音(きつおん)のある息子を抱えるシングルファーザーであることへの同情心も加味され、彼に寄付をして、刑務所から出してあげようという動きが盛り上がっていきます。
ファルハディ監督作としては珍しくハッピーな展開だなあと油断していたら、やはり不穏な空気に……。きたよ、負の連鎖。そりゃそうですよね。アスガー・ファルハディですから。SNSに自作自演だと書きこみがあり、ラヒムを支持する慈善団体にも影響が。さあ、この噂の種は誰だと、疑惑モードが全開になり、もう、想像が止まりません! 主人公の曖昧な笑みがまた、悪人にも善人にもとれるからタチが悪い。
ちょっとした印象操作で人間性の評価がガラリと変わってしまう。これはSNS世代の我々が遭遇するかつてない社会の罠ではなかろうか。ただ、ラヒムが息子に見せるラストの行動に、私は父としての誇りを感じました。世間にどう思われても、息子には父の愛情が届いたと信じたい。
『英雄の証明』
2021/イラン・フランス
監督:アスガー・ファルハディ
出演:アミル・ジャディディ、モーセン・タナバンデほか
配給:シンカ
4月1 日よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテほか全国公開。
第74回カンヌ国際映画祭では、グランプリとフランソワ・シャレ賞を受賞。イランの古都シラーズを舞台に、借金の罪で投獄され服役しているラヒムが刑務所の休暇中、善意の行動をしたことで、一躍マスコミによって寵児に仕立てられる出来事の顚末を描く。SNSでの印象操作を問う人間ドラマ。
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。4/2から主演を務めるBS松竹東急のドラマ『家電侍』がスタート。また、BSテレ東のドラマ『私(あたい)のエレガンス』にも出演する。