今回は2023年4月14日公開の『聖地には蜘蛛が巣を張る』を取り上げる。連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
殺人者を讃えるのは本心か否か
先日、ある撮影でロサンゼルスに滞在し、現地スタッフとの交流から多くの刺激を受けた滝藤です。バットマンでおなじみの“ジョーカー”の話になった際、日本だと格差がそこまで表立っていないせいか、コミックのキャラクター映画としてライトに楽しむ層が多いだろうけれど、アメリカでは厳しい格差社会を受け、ジョーカーにリアルに心酔する層が相当数いると聞きました。同じ映画のキャラクターでも国によってまったく捉え方が違うんだと考えさせられました。
北欧をベースに活動しているイラン出身のアリ・アッバシ監督の映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』も、イランの格差社会を題材にしたミステリーサスペンスで、恐ろしい現実を突きつけてきます。2001年から2002年に、イランの人口第二の都市で、イスラム教シーア派の聖地であるマシュハドで起きた娼婦連続殺人事件をモチーフにしているそうです。
娼婦が夜な夜な、ひとり、ひとり、殺されていくわけですが、犯人は新聞社に犯行の報告電話をかけてきて、「街を浄化している」とのたまう。警察も捜査にイマイチ緊張感がなく、被害者が増えていく。そんな状況に苛立ちを覚えたひとりの女性ジャーナリストがテヘランから取材に来て……。
よくある犯罪映画かと思いきや、被害者たちの素顔と窮状を観客にちゃんと示しながら、犠牲者となる過程を積み重ねていく。殺されてしまうと、「あんな職業」と罵られ、身内までもが批判する。生きている間も地獄だけど、死んでも地獄。たまたま持たざる側に陥っただけなのに、国は救済せず、衣食住満たされた者が容赦なく叩きのめす。
この映画がさらにヤバくなるのは、犯人が逮捕されてから。やっと捕まったとホッとする間もなく……。犯人は英雄気取りで、意気揚々と無罪を主張する。殺人犯を「よくやってくれた」と讃える国民。犯人の妻や息子までもが悪くないと居直る光景に絶句です。私の考えがおかしいのだろうか。倫理観の違いで恐ろしいことにならないよう祈るばかりです。
『聖地には蜘蛛が巣を張る』
2022/デンマーク、ドイツ、スウェーデン、フランス
監督:アリ・アッバシ
出演:メフディ・バジェスタニ、ザーラ・アミール・エブラヒミほか
配給:ギャガ
2023年4月14日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、TOHO シネマズ シャンテほか全国順次公開
2000年代初頭、イラン社会を震撼させた娼婦連続殺人事件をモチーフにしたミステリー作品。敬虔な信者がなぜ、女たちに手を掛けたのか。犯人探しに執念を燃やす女性ジャーナリストとの息詰まる攻防戦が描かれる。
滝藤賢一/Kenichi Takitoh
1976年愛知県生まれ。現在、ドラマ『グレースの履歴』(NHK BS プレミアム)が放送中。尾野真千子さんと夫婦役で共演している。
■連載「滝藤賢一の映画独り語り座」とは……
役者・滝藤賢一が毎月、心震えた映画を紹介。超メジャー大作から知られざる名作まで、見逃してしまいそうなシーンにも、役者の、そして、映画のプロたちの魂が詰まっている! 役者の目線で観れば、映画はもっと楽しい!