ロールス・ロイスの顧客層の若返りが進んでいるという。若年富裕層を取り込む契機となったのが、2016年に登場した新シリーズの“ブラック・バッジ”。いわばダーク仕上げのビスポークモデルだが、それだけではない新たな挑戦も行われている。ロールス初のBEVである2ドアクーペのスペクター、初のSUVであるカリナンの2モデルをベースにした、ブラック・バッジに乗って確かめてみた。

“ジョン・レノン”仕様がルーツのひとつ
木と革とクロームをふんだんに用いた、最高級のショーファーカー。それは昔もいまもロールス・ロイスの正道であることは変わらない。しかし、ときには既成概念にとらわれない、新たな挑戦をしてみたい。せっかくビスポークするのなら、これまでなかった世界に1台のモデルをつくりたいと思うのはいつの時代もクルマ好きにとっての夢だ。
ロールス・ロイスといえば、オーセンティックでコンサバティブなイメージがつきまとうが、歴史を紐解いてみると時代ごとに新たな試みに挑んでいる。一例をあげると1964年、ビートルズのジョン・レノンはエリザベス女王の公用車としても知られる「ファントムV」をオーダーしている。それはまさに『A Hard Day’s Night』をリリースした年であり、デビューから4年ですでにイギリスの音楽チャートを席巻していた頃だ。
そのときジョン・レノンは、異例といえる発注を行う。クロームやステンレススチールで仕上げられる部品も含め、内外装のすべて黒で統一するように指定。コーチビルダーのミュリナー・パーク・ウォードによってバンパーやホイール・ディスクに至るまで深みのある黒の光沢仕上げとし、イギリスで初めてリアドア、クォーターライト、バックライトガラスにトリプレックス・ディープライト・ガラス(いわゆるスモークガラス)を採用した。その車両は、その反逆的な意図を妥協することのない唯一無二の存在として、現在ではブラック・バッジの精神的な源流と見なされているのだという。

ときは流れ、2016年にブラック・バッジは正式にシリーズ化された。それからおよそ10年を経て、ロールス・ロイスのユーザーの平均年齢は着実に若返りが進んでいるという。今回、まず試乗したのがロールス・ロイス初のBEV(電気自動車)であるスペクターをベースとしたブラック・バッジだ。

エクステリアでは、“フライング・レディ”と呼ばれるクローム仕上げのマスコット(正式名称はスピリット・オブ・エクスタシー)やフロントグリル、ダブル「R」バッジなど、ロールスの象徴ともいえるエレメントにも手を加えている(実は先のジョン・レノン仕様ではフロントグリルとフライング・レディだけはクロームのまま残されたという)。またウインドウフレームやドアハンドル、そしてフロントからサイド、リアにかけてのアンダースポイラーもダーク仕上げとなっている。

インテリアはブラックを基調としながら、ダッシュボードやシートにアクセントとしてレッドのレザーを配し、躍動感を与えている。夜空に見立てたブラックのルーフライナーやドアインナーパネルにはLEDを散りばめて、大小異なる5,500個以上の星を再現しており、さながらプライベートな移動式プラネタリウムだ。
運転が楽しい、史上最強スペックのロールス・ロイス
ブラック・バッジの中身は内外装のビスポークにとどまらない。パワートレインも強化されており、ベースモデル比で最高出力は74PSアップの659PSに、最大トルクは175Nmプラスの1075Nmとなった。これはロールス・ロイス史上最強のスペックだ(2026年6月4日にマイナーチェンジモデルのシリーズⅡが発表され、最高出力671PSに、最大トルクは1100Nmに強化されている)。
アウタードアハンドルに手をかけるとドアが自動で開き、そして運転席に腰掛けブレーキペダルを踏み込むとドアが自動で閉まる機能を搭載している。ステアリングコラムの右側には、伝統的なデザインを踏襲したコラムシフトタイプのシフトセレクターを配置しており、そのアナログな操作感が手に心地いい。BEVであっても伝統的な要素が受け継がれている。

走り出しての印象はとにかく静粛性が高い。モーターやインバーターの音も感じられず、風切り音や23インチという大径タイヤからのロードノイズも限りなく抑えられている。これまで乗ったクルマのなかでもっとも静かなモデルかもしれない。
高速道路にあがると、ステアリングに備わった無限大(∞)のマークが描かれたボタンを押してみる。するとメーター表示が切り替わり、「インフィニティ・モード」が起動する。スロットルレスポンスが向上し加速が鋭く、フルパワーの最高出力659PSを発揮することができるようになる。
本来はショーファーであるロールス・ロイスが、こうしたドライブモードを設けることは異例だが、ブラック・バッジにはよりドライバーズカーとしてのキャラクターを付与しようという狙いがあるのだろう。意外なほど運転が楽しいロールス・ロイスだった。
新型カリナンをべースとしたスペシャルモデル

そしてもう1台、ロールス・ロイス初のラグジュアリーSUV「カリナン」のブラック・バッジだった。カリナンは2024年にマイナーチェンジが実施されており、ベースモデルは新型カリナンとなっている。
エクステリアは、スペクターと同様フロントグリルやスピリット・オブ・エクスタシーをはじめ、ドアハンドル、ウインドウフレームが、そしてリアまわりでもバンパーのアクセント、エグゾーストなどがブラック仕上げとなっている。

ちなみにひと言にブラック仕上げと言ってもそこはロールス・ロイス。例えばドアハンドルは、まず全体を研磨して下地を作り、その上にブラックの塗料を4回塗り重ね、その後職人の手によって丁寧に磨き上げるという工程を経ている。またステンレス製のパーツはグロスブラックの艶と光沢を実現するために特別なクロム電解液で処理されているという。

インテリアでは、インパネまわりは、織り目模様が強調されたカーボン・ファイバーのシートを23枚組み合わせることによってかたちづくられたもの。各シートはラッカーを6度塗りした後に72時間かけて硬化させ、すべて手作業で鏡面仕上げ。この工程には21日間を要するというから、工芸品の世界である。
V12エンジン特有の揺らぎがもたらす安心感

スペクターがBEVであるのに対して、カリナンは内燃エンジン最高峰のパワートレインを搭載する。6.75リッターV型12気筒エンジンで最高出力はベース比で+29PSの600PS、最大トルクは+50Nmの900Nmを発揮。始動時はもちろんわずかにエンジン音が聞こえるが、走り出しエンジンが暖気を終えると周囲の音や振動と渾然一体となっていく。
アクセルペダルにわずかに足をのせているだけのような巡航時にはエンジンの存在感は薄れていく。しかし、ペダルを強く踏み込んだときのトルクの立ち上がりはBEVとはまったくの別物。V12エンジンから溢れでてくるようなトルクの波をシートを通じて体で感じるのが心地良い。いわゆる揺らぎには安心感やリラックス効果があるといわれるが、まさにそれだ。
もしブラック・バッジらしくスポーティに走りたいときには、コラムシフトにある「LOW」ボタンを押すとモードが切り替わる。アクセルペダルをベタ踏みするとトランスミッションの変速スピードは約50%向上し、1700rpmから900Nmの最大トルクを発生。エキゾーストシステムからの音量も高まる。
ブラック・バッジとは、ダーク仕上げのハイパフォーマンス仕様にみえるかもしれないが、それはあくまで表面的な話だ。その中身はしっかりとロールス・ロイスの歴史と伝統が受け継ぎ、いつの時代も真のラグジュアリー自動車メーカーであるという本質的は変わってはいない。やはりそのギャップがあるところに若年層も惹かれるということなのだろう。


