電気自動車や自動運転、さらには旧車ブームやカーシェアリングの隆盛など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける本連載。今回はクラシックポルシェの聖地を訪ね、空冷ポルシェのスペシャリストにメンテナンスの秘訣をうかがった。【連載 クルマの最旬学はこちら】
マイスターは空冷ポルシェのココをみる!
世界的に人気が高い空冷エンジンを搭載するポルシェ911。前編では、日本国内に4箇所あるポルシェ クラシック パートナーのひとつ、ポルシェセンター青山 世田谷を訪ね、ポルシェクラシック部整備課の菊池剛課長にそれぞれの型式の特徴などをうかがった。後編となる今回は、整備のために入庫している車両を拝見しながら、菊池さんにメインテナンスへのこだわりを語っていただく。
オーナーの方から撮影の許可を得た993型のポルシェ911カレラRSのエンジンルームを覗き込みながら、菊池さんは「993のRSは、個人的には理想のポルシェの1台ですね」と、切り出した。
「RSというのはサーキット走行も想定したスパルタンなモデルですが、993型はエアコンが効くなど、乗りやすさも加わっているんですね。スポーティな運動性能と快適性が高いレベルでバランスしています」
911カレラRSをリフトアップ、ペンライトで細部を照らしながら、菊池さんが解説してくれる。
「下取りや買取りで中古車を仕入れる際に、お預かりして細かいところまですべてチェックするとお伝えしましたが、964型以降のポルシェ911はエンジンを積む位置のボディ底部に、こういうカバーが付くようになりました。このクルマにはありませんが、オイルが漏れている個体はこのカバーにオイルが染みていて、オイル漏れを修理する必要があるな、と判断します」
「あと、せっかく空冷ポルシェを手に入れたのに、排出ガスでガレージの白い壁がすすけてしまった、という方がかなりいます。でも、エンジンの調子がイマイチだから汚いものが出てくるわけで、きちんと整備されているこのクルマはとてもきれいです」
続いて、「ここを見てください」と言いながら、菊池さんがサスペンションの一部をペンライトで照らした。
「この部品は、アルミでできています。ポルシェはスポーツカーなので、事故じゃなくてもサーキット走行などでヒットしてしまうことがあります。するとこの部品を交換するわけですが、新しい部品は風合いが違うので、すぐにわかるんです。査定をしたり整備をする時には、こんなところをチェックしますね」
優良な個体は海外より日本にある!?
人気の高まりとともに世界中で高騰している空冷ポルシェは、手に入れるのが難しくなっている。海外で探して日本に持ち込む、というのはどうだろう?
「おそらく優良なクルマもあるのでしょうが、私が見ているかぎり、海外からいい個体が入ってくるかは疑問ですね。たとえばイギリスから入ってきた個体は、リフトアップして下から見ると融雪剤の影響で足まわりの部品が錆びているケースが多い。きちんと整備された個体を気長に探すのが一番の近道ですが、最近はなかなか難しい」
こう言ってから、菊池さんは「ちょっと見てください」と言いながらボンネットを開けた。
「三角板などが入ったこの愛車キットは、新車の時からの備品です。何人ものオーナーの間を渡り歩くうちに、こういったものはなくなるのが普通なので、こういうワンオーナーの個体は貴重です」
菊池さんによれば、オーナーが高齢になってご家族から運転を禁止され、引き取りを依頼されるケースもあるという。けれど、優良な個体はお店に入ってくるよりも、好事家のコミュニティの中で人から人へ渡っていく傾向が強まっているとのことだ。
コンディションの良し悪しは多少妥協して、ポルシェ クラシック パートナーのように信頼のおけるところでメインテナンスを受けるのが現実的な解のようだ。
「ここが一番というわけではなく、ほかにも腕のいいガレージはあります。ただ、たとえばポルシェの部品検索システムで部品を探して、生産中止という文言が出てくるとします。でもその後に“再生産を希望するか?”という質問項目があって、世界中のディーラーの解答を集計して対応してくれる仕組みがあるんです。あと、ポルシェジャパンから本国に“この部品はないかと?”尋ねてもらうと、新品が見つかったり中古品を探し出してくれたりするケースもあります。ここでメンテを受けるのには、そういうメリットがありますね」
最後に菊池さんは、空冷ポルシェのメンテの極意をこう語った。
「とにかく愛情を込めて乗っていただくことが一番です。エンジンをかけて走り出して、暖まったらエンジンの回転を上げる。放置している車両は本来の性能が出なくなりますから。そして定期的に乗っていると、調子がいいのか悪いのかがわかるようになる。音や匂い、振動など、五感を研ぎ澄ましてコンディションを把握しながら、なにかおかしいと思ったら信頼のおけるメカニックに相談する。それが調子のいいポルシェに乗り続ける秘訣ですね」
飾って眺めるのもいいけれど、がんがん走らせることができるのが空冷ポルシェの最大の魅力。同時に、走らせることこそがコンディションを良好に保つコツでもあるのだ。
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター/編集者として活動している。