電気自動車や自動運転、さらには旧車ブームやカーシェアリングの隆盛など、自動車ジャーナリスト・サトータケシが、クルマ好きなら知っておくべき自動車トレンドの最前線を追いかける本連載。今回はクラシックポルシェの聖地を訪ね、2回にわたって世界的に人気の空冷ポルシェの“いま”を伝える。【連載 クルマの最旬学はこちら】
意外とトラブルが少ないのが930型
クルマに興味がある方ならご存知のように、空冷エンジンを積んだポルシェ911の人気が世界中で高まっている。ただし、ひとことで空冷エンジンのポルシェ911といっても、1963年にデビューした「ナロー」と呼ばれる初代の901型から、'98年まで生産された993型まで幅広い。
そこで、日本国内に4箇所あるポルシェ クラシック パートナーのひとつ「ポルシェセンター青山 世田谷」を訪ね、それぞれのモデルの特性や維持する際の注意点、メインテナンスの心得などをうかがった。
われわれの質問に答えてくださったのは空冷ポルシェを扱って32年、930型、964型、そして993型のいずれも新車当時から知っているスペシャリスト、ポルシェクラシック部の菊池剛課長だ。
菊池さんは、空冷ポルシェの魅力を次のように語る。
「空冷は、やはり独特のフィーリングが魅力ですね。ただし、型式によって乗り味が異なりますし、同じ型式でも年式によって排気量や細かい仕様が違うこともある。似たような形をしているんだけど乗ってみると全然違っていて、奥が深いと思います」
続いて、それぞれのモデルの特徴をうかがう。まずは、ナローと呼ばれる901型から。
「率直に申し上げて、ナローは敷居が高いですね。出かけようと思ってもすぐに出られないことがあったり、冬場だとエンジンを掛けるのにひと苦労したり。完璧に整備されたナローは素晴らしく楽しいクルマですが、そこに至るまでが大変です」
では、われわれスーパーカー世代の憧れである、'74年から'89年まで生産された 930型はどうだろう?
「すごくポルシェっぽいポルシェだと思います。というのも、電子制御がまるっきり入っていないんですよ。ABSもなければパワーステアリングもなくて、自分ですべて操作しなければいけません。だから乗っているとダイレクト感がすごい。速くはありませんが、乗っている感じが強いのは930型ですね。930型には電子制御が入っていないと申しますが、ということは壊れるところが少ないということでもあります」
930型に続くのが、'89年にデビューした964型。こちらはいかがだろう?
「実は、私どもがメインテナンスで一番多くの台数をお預かりするのが964型です。それまでマニュアル・トランスミッションだけだった911にティプトロニックが加わったこと、日本仕様で右ハンドルが選べるようになったこと、パワーステアリングとABSが備わること、RR(リアエンジン・リアドライブ)だけでなく4駆も選べることなどで、お客さまの層が広がりました」
ただし、タマ数が多いだけに、964型は玉石混交だと菊池さんは語る。
「台数が多いがゆえに、964型にはいろいろな個体が存在しますね。もうひとつ、メインテナンスのコストが一番かかるのも964型です。というのも、930型は電子制御がほとんどなかったけれど、964型にはかなり使われるようになったので、そこが壊れることが多い。また、排気量が930型の3200ccから3600ccに上がって、パワーと熱量も増えたことで、負荷も大きくなっています。空冷ポルシェはオイル漏れを気にする方が多いんですが、964型は確かにオイル漏れの問題を抱えた個体が多いですね」
では最後の空冷ポルシェ、'93年から'98年まで生産された993型はどうだろう。
「964型の弱点を克服したのが993型で、空冷ポルシェの完成形だと言えるでしょう。エアコンも効くし、メインテナンスのコストも964型よりかからない個体が多いと思います」
では、菊池さんが個人的に空冷ポルシェを所有するとしたら、どのタイプを選ぶのだろうか?
「個人的には、もし自分で所有するなら930型の最終型、'89年モデルの程度のいい個体がいいかな、と思っています。僕はターボよりNA(自然吸気)エンジンが好みです。あと、同じ930型でも83年までは911SCと呼ばれていて、エンジンの制御が違ったんですね。'83年モデルの911SCにはKジェトロニックという燃料噴射装置が使われていて、そこそこ手がかかる厄介な代物なんですが、絶好調だと蹴飛ばされるようなトルクがあって面白い。あとは993型のRSも運転していてすごく楽しくて、好きなモデルです」
時間とコストをかけて、完璧に仕上げたい
コンディションの良い空冷ポルシェを見つけて手に入れ、コンディションを維持するために、ポルシェ クラシック パートナーをどのように利用すればいいのだろうか。
「ここにはクラシックポルシェを展示するスペースを用意しているんですが、実は飾ることがほとんどありません。2年前までは年間に5台以上売っていたんですが、去年は2台、今年はゼロです。というのも、買い取りとか下取りで仕入れていたんですけれど、空冷ポルシェの相場が高騰して、なかなかこちらで仕入れることが難しくなりました。私の記憶だと、964型も930型も、一時は200万円程度まで相場が下がったんですが、うちのお客さまにうかがうと、びっくりするような値段がついていますね。特に930型の人気が高くて、一番新しい993型を上回るようになっています」
ただし、クラシックポルシェの販売を諦めたわけではないとも菊池さんは言う。
「社内でも販売車両を作ろうという話をしていますし、仕入れがまったくできないわけでもない。うちで仕入れる場合にはただ査定をするのではなく、お預かりしてじっくり細部まで見させていただいてから買い取らせていただきます。記録簿がしっかり残っていて、オーナーの数が少ない個体を購入して、全部バラしてから仕上げると、実はそれほどの儲けは出ないんです。だからうちから出る中古車はバーゲンプライスだと思いますが、いかんせんタマが足りない」
では、ほかのショップで購入した空冷ポルシェを、こちらで整備してもらうことは可能なのか。
「もちろんです。ただし、クラシック専任の3人体制でやっているので、大量にお預かりするのが難しいのが現状です。3人ともベテランでドイツ本国での研修も受けて資格を得ていますが、なにぶんマンパワーが足りません。ですので、ご予約をいただいてもすぐに対応することが難しく、1カ月とか2カ月とか、お待ちいただいてしまうことも。ただし、ここには資料もたくさんありますし、本国に連絡すると裏ルートでないはずのパーツが出てくることもあります。私も新車の頃から空冷ポルシェを診ているので経験が役に立つことも多い。純正パーツを使うので多少コストはかかりますが、純正パーツには2年保証があります。整備の内容ではどこにも負けないつもりでやっています」
菊池さんによれば、ポルシェ クラシック パートナーを利用する人は、コストや時間がかかることを理解して、そのうえでご自身のポルシェを完璧な状態に仕上げることにこだわることが多いという。この場所が、空冷ポルシェという文化を次代に継承する役割を果たしているのだ。
最後に、ポルシェジャパンのアフターセールス部でクラシックポルシェを担当する細川英祐さんが、ポルシェがクラシックを大切にする理由を語ってくれた。
「ポルシェは、古いモデルでも走っている個体が非常に高いんですね。せっかく走っているのだからそれをアフターケアするのはメーカーとしての使命だと思います。大事にお乗りいただいている方が多いので部品も供給しますし、整備などの資料もしっかりとご提供したい。自動車メーカーとして、当然の姿勢だと思っています」
こうした取り組みによって、ポルシェのブランド力はさらに強固なものになっていくのだろう。
後編では、整備中の993型のポルシェ911RSを見せていただき、オーナーの許可を得てポルシェ クラシック パートナーでどのようなメインテナンスを行っているのかを取材した。
Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター/編集者として活動している。