ART

2025.06.17

注目の新施設「直島新美術館」で、村上隆の洛中洛外図を再び見た

直島に行ったことのある人は、新しい美術館ができたのならまた行ってみようと思い、知ってるけど行ったことのない人はいよいよ行かなければ思い、直島のことを知らない人はそんなところがあるのかと思う。アジアのアーティストの作品を集めた直島新美術館には村上隆のこんな大作も入っていて、昨年、京都で発表したより進化していました。

村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(右隻)2023-2025年 ©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(右隻)2023-2025年
©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

見違えるように完成度を増した《洛中洛外図屏風・村上本》

村上隆が昨年、京都市京セラ美術館での大規模個展「村上隆もののけ京都」で発表した《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》に再会した。「洛中洛外図」の「洛」とは京都のこと。その「中」と「外」の繁栄ぶりを描いた絵で、室町時代後期から江戸時代までしばしば描かれた。壮観な都市図であり、都の建造物の変遷や人々の様子を知る史料でもある。

村上隆が描いたのは現代の京都ではなく、《洛中洛外図屏風・舟木本》を下敷きにし、村上隆が自身の作品として昇華させたアレンジによるもの。元となった六曲一双のこの屏風、現在は東京国立博物館所蔵で、作者は岩佐又兵衛とされている。右隻には豊臣氏の象徴、方広寺大仏殿(江戸時代後期に焼失)が威容を誇り、左隻には徳川氏の二条城が堂々と建つ。その対比の間に当時の京都の賑わいが描かれる。制作年は江戸時代初期1615年頃。描かれている人物は2,500人とも2,700人とも。

村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(左隻)2023-2025年
©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(左隻)2023-2025年
©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

この、いわば《洛中洛外図屏風・村上本》をつぶさに見ていくと、京都の大勢の人々の間に、村上が生み出したキャラクター、DOB君やカイカイやキキを見つけることができる。今回、この絵をどこで見たかというと、それはベネッセアートサイト直島に2025年5月31日に開館した「直島新美術館」(館長:三木あき子)だ。

1980年代後半から香川県の直島を拠点に活動を始めたベネッセアートサイト直島は、自然・建築・アートの共生、地域との協働によるコミュニティの発展をテーマにいくつもの美術館やアート施設群を展開し、世界的に見ても稀で特別な場として発達してきた。

現在は直島に加え、豊島(香川県)、犬島(岡山県)にも施設がある。35年以上続けてきた今、新たに開館した「直島新美術館」は初めて島の集落の中にあり、館名に「直島」を冠している。ベネッセアートサイト直島では建築家、安藤忠雄が多くの建物を設計してきたが、ここは彼による10番目のアート施設となる。

「直島新美術館」のコンセプトはアジア地域出身の著名アーティストから新進気鋭の作家による代表作や新作の展示である。主な出展作家は会田誠、蔡國強(中国)、Chim↑Pom from Smappa!Group、ヘリ・ドノ(インドネシア)、村上隆、N・S・ハルシャ(インド)、下道基行、ソ・ドホ(韓国)ら12人/組。

この新しい美術館に収蔵、展示されている作品の一つが村上隆の《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》というわけだ。ここに入るにあたって、作品には入念に手が入れられ、京都のときとは見違えるような完成度を示している。たとえば、京都の町にたなびく錦雲は厚く盛られ、その柄はよく見ると、ドクロになっている。これは華やかで豊かな繁栄を誇る京都の町も戦乱や天変地異、疫病の流行で死屍累々が埋まっているとのメッセージだろうか。だとすればこれは村上による洛中洛外図であり、メメント・モリ(死を想え)をこめた絵画だ。

村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(部分)2023-2025年
©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(部分)2023-2025年
©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

京都での展覧会のときの図録にも、「金箔の雲の代わりに無数のドクロが京都の町を覆い」と書いてあったが、ドクロは今回ほどは見えなかった。聞いたところによると、一度、金箔を剥がし、新たに今回、何層にも金箔を盛ることで、ドクロのイメージを載せることができたそうだ。当初からこの絵はとても苦労したようで、元の絵となった《洛中洛外図屏風・舟木本》はかすれて見えない部分があり、AIを使ってそれを補った。村上隆は言う。

「作品制作に初めてAIを使ったんです。絵の一部を完璧に仕上げて、それを読み込ませて、欠落しているところを補ったりしました。京都について案内されるうちにここは単なる観光地ではなく、死屍累々の上に成り立っているところであることも知りました。それを元に出来上がった洛中洛外図です」

村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》2023-2025年 展示風景
撮影:来田猛
©2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

村上隆は若い頃から美術史家の辻惟雄の著作に触れ、とりわけ、岩佐又兵衛や伊藤若冲、曾我蕭白という以前は奇抜ゆえに本流になれなかった絵師たちを取り上げた名著『奇想の系譜』に強い影響を受けている。それはやがて、村上の「スーパーフラット理論」を支える一つの柱となっていく。

後年、『芸術新潮』では辻がお題を繰り出し、村上がそれに応える絵を描く「辻惟雄×村上隆 ニッポン絵合せ」という連載をもち、やがて、ボストン美術館(アメリカ、マサチューセッツ州)での展覧会「村上隆:奇想の系譜 辻惟雄とボストン美術館のコラボレーション」展が開催されるに至った。

その足跡を示すものとして、辻へのインタビュー映像が流れ、当時の連載記事の一部掲出がされている。これは京都での展覧会にはなかったものである。

右から、福武財団名誉理事長、福武總一郎さん、村上隆さん、森美術館名誉理事長、森佳子さん、森美術館理事長、森京子さん
(右から)福武財団名誉理事長・福武總一郎さん、村上隆さん、森美術館名誉理事長・森佳子さん、森美術館理事長・森京子さん。

美術館内覧会のとき、この絵を前にして、福武財団の福武總一郎名誉理事長はこんなことを語っていた。

「この洛中洛外図は本当は都会に合う作品なのかもしれない。でも、直島に欲しかった。京都での展覧会で見て以来、しょっちゅう夢に見るほどだった。秀吉の作った大仏殿も描かれていて、京都の人々が2,700人もいて京都の栄華が見えるが、金箔もドクロがかたどられていて、無常観も込められている。この絵は海外の人に買われてしまう可能性がある。日本においておきたいと思ったのです。今、インバウンドの人が大勢きてるけれど、見ているのは江戸時代以前に作られた神社仏閣、城や庭。これまで日本の文化は京都が牽引したように、直島が今後そうなるためにこの絵が必要だと思ったのです」

満開の桜も村上隆のオリジナルのお花になっている。
村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(部分)2023-2025年
©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
満開の桜も村上隆のオリジナルのお花になっている。
村上隆《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》(部分)2023-2025年
©️2023-25 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

メメント・モリ、死を想うことは、悲観的になることではなく、生きていることを充実させるためにある。よく生きること。この新しい美術館を満たすアジアのアーティストの作品にはエネルギーが溢れ、どれもそういうメッセージを発している。

Yoshio Suzuki
編集者/美術ジャーナリスト。雑誌、書籍、ウェブへの美術関連記事の執筆や編集、展覧会の企画や広報を手がける。また、美術を軸にした企業戦略のコンサルティングなども。前職はマガジンハウスにて、ポパイ、アンアン、リラックス編集部勤務ののち、ブルータス副編集長を10年間務めた。国内外、多くの美術館を取材。アーティストインタビュー多数。明治学院大学、愛知県立芸術大学非常勤講師。

TEXT=鈴木芳雄

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